相続法の基礎知識・オンタリオ州編(その18)
亡くなった後に残された不動産の処理
遺言書と委任状を一緒に作ることが大切


〈オンタリオ州弁護士・スミス希美(のぞみ)〉

 マイホームをはじめ、読者の皆さんの中にも不動産をお持ちの方が多くいらっしゃることと思います。不動産は多くの人々にとって、長年にかけて築き上げた重要な資産のひとつです。そして、不動産の所有者が死亡した場合、通常、不動産は遺産の大部分を構成することになります。

 本欄で何度も述べてきたように、遺言書を残さずに亡くなると、さまざまなことが複雑化します。「遺言書さえあれば…」と、私自身がよく痛感する問題が、所有者の死亡による不動産の処理です。今回は、所有者が亡くなった後に残された不動産について、どのような手続きが必要になるかについてお話します。




1.共有名義の不動産の場合
 ご夫婦で不動産を所有する場合に、一般的に使われる名義として、含有(がんゆう:Joint Tenancy)と呼ばれる共有名義の形態があります。この共有名義の特徴は、生前は名義人それぞれが同じ割合の所有権を有し、共有名義人の一人が亡くなった場合、残された共有名義人に共有財産の権利が100%移る仕組みになっています。このような、生存した所有者に所有権が委譲することを生存者受取権(Right of Survivorship)と呼びます。

 もし、所有者の一人が亡くなった場合、残された所有者は、登記上、死亡した所有者の名義を削除する手続きが必要になります。
 通常、含有による共有名義の不動産は、遺産の一部を構成しないため、この手続きには、遺言書は必要なく、亡くなった所有者の死亡証明書を弁護士のもとに持参して、故人の名義の削除をオンタリオ州の土地管理局(Land Registry Office)に申請・登録してもらう必要があります。
 ちなみに、この手続きを行わない限り、死亡証明書を市役所に持参しても、固定資産税の請求書(Property Tax Bill)の宛名人は変更されません。




2.不動産の名義が一人だけの場合

(1)遺言書がある場合
 不動産の名義が一人だけで所有者が亡くなった場合、遺言書の中で任命された遺言執行人(Executor)に、不動産を扱う一切の権限が与えられます。通常、所有者が亡くなった後に残された不動産は空き家となり、空き巣や火災などのリスクが高まるため、マーケットの状態にもよりますが、不動産をできるだけ早く売却することが望まれます。

 遺言書があれば、遺言執行人が亡くなった所有者に代わって、不動産エージェントを雇い、不動産をリスティングに載せて売りに出し、買い手からのオファーにサインするといった、不動産の売買のための諸契約を結ぶことができます。
 また、不動産売却を完了するために必要な、遺言書のプロベイト(裁判所での検認手続き。このシリーズ第7回に詳細。http://www.e-nikka.ca/Contents/150416/topics_04.php)などの法的手続きを迅速に進めることができます。

 故人の不動産の売却は、残されたご家族にとって、比較的ストレスの高い作業のひとつです。そのため、遺言書があることで、不動産の処分を確実にスムーズに進めることができます。なお、遺言書の中で、特定の不動産を特定の相続人に遺(のこ)した場合の相続人への名義変更にも、遺言執行人のサインが必要となるため、遺言書は大切な役割を果たします。




(2)遺言書がない場合
 オンタリオ州では、不動産の所有者が遺言書を遺さずに亡くなった場合、残された不動産を売却したり名義変更したりする一切の権限は、裁判所によって選任される遺産管理人(Estate Trustee Without a Will)のみにあります。日本のように、相続人が同意すれば、相続登記により名義の変更ができるという制度とは違います。

 例えば、もし自宅の名義が夫婦の一方だけになっていて、その名義人が遺言書を残さずに死亡した場合、法定相続人である残された配偶者に名義を変更しようとしても、遺産管理人を裁判所で選任しない限り、そのような手続きはできません。
 また、所有者が死亡し、空き家として家が残されていても、遺言書がなければ、裁判所によって遺産管理人の任命が許可されるまで、事実上不動産処分のための身動きが取れないのです。

 実は、この遺産管理人の申請には、申請者の任命に法定相続人全員の同意が必要であるため、家族関係によっては、申請の準備に時間を要します。私が過去に扱った件でも、独身の男性が遺言書を残さずに亡くなり、その方の不動産を売却するために遺産管理人申請が必要でしたが、カナダ国内外にいる、その方の法定相続人であるいとこ15名の住所を特定し、全員の合意を得るのに苦労したことがあります。そして何より、無遺言による遺産管理人申請には時間もお金もかかるのです。




 さらに、不動産にモーゲッジが残っている場合、所有者の死亡後に、モーゲッジの返済が滞り、遺産管理人申請を早急に行って不動産を処分しないと、銀行が返済滞納のために必要な法的措置を取りかねません。

あなたの財産を守るために
 このように、私の経験上、遺言書の有無の結果が一番顕著に現れるのが、不動産の問題のように思います。愛着を持って築き上げる不動産という資産を守るためにも、ホームオーナーになった際には、ぜひ遺言書と委任状を一緒に作ることを強くお勧めします。




【おことわり】
このコラムを通して提供した情報は、一般的及び教育的な目的として提供された情報であり、著者及びダーモディ法律事務所による読者個人への法的意見又は見解を示すものではありません。特定の事実関係につき法的助言を含む専門的助言を必要とする方は、ご自身の弁護士・会計士等の専門家へ直接ご相談ください。また、カナダの遺産相続に関する法律は州によって異なりますので、当コラムで提供する情報はオンタリオ州の法律に限られていることをご了承ください。

【著者略歴】

▲スミス希美弁護士
スミス希美(のぞみ):福岡県出身。中央大学法学部を卒業後、トロント大学ロースクールに留学し、ジュリス・ドクター及び法学修士号を取得。その後、2010年にオンタリオ州の弁護士資格を得る。現在、ハミルトン市の Dermody 法律事務所で、遺産相続・信託法を専門に活躍中。遺言書、委任状、贈与などのエステートプラニングや遺産の管理・処分に関する相談などを取り扱う。
〈連絡先〉電話 : 905-383-3331(内線)226
Email : zoe@dermody.ca
Website : www.dermody.ca



【編集部より】「知っておきたい相続法の基礎知識」、「第1回 なぜ遺言書が必要か?」から「 第17回 遺言執行人と委任状代理人への報酬について」までのシリーズ記事は、アーカイブの「相続法の基礎知識」をご覧ください。トップページ「今週のトピックス・目次」の下の「過去のトピックスはアーカイブをご覧ください」をクリックすると見られます。

(2016年3月17日号)



 
 


 
 
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