前田典子の「書」談義(第1回)
時空を超える「書」 


〈 書家・前田典子 〉

【編集部より】
 シリーズ「アート・エッセー」は、今月から、カナダの内外で書家として活躍中の前田典子(まえだ・のりこ)さんに登場していただきます。写真とともに短いエッセーで「書」を語っていただきます。



■前田典子さんプロフィール
 書家。書を真神魏堂(まがみ・ぎどう)、亀山冨美、続木湖山に師事。篆刻(てんこく)を笠井雋堂(かさい・しゅんどう)に師事。1976年から東京でフリーランスコピーライター。1982年書道会「匂蘭の会」(くらんのかい)主宰。1992年カナダ移住、オンタリオ州ウオータールー在住。三井不動産、野村不動産、東急不動産などのプロジェクトでインテリアの書を制作。タケダカナダ、MAC Cosmetics、CBC などにビジュアル提供。日本、カナダ、アメリカ、アラブ首長国連邦(UAE)などで展覧会、プロジェクト、ロゴタイプ作成。
http://www.norikomaeda.com





 この写真は、2013年にマニトバ州ウイニペグで開催された「The Warming Hut Annual Competition in Winnipeg 2013」のプレゼンテーションの時のものです。
 建築家グループとのコラボレーションで、氷で作った壁に古代文字の「氷」を筆のタッチを生かして刻む、というコンセプトです。
 私にとって「紙に筆と墨で書く」という「書」の概念を払拭(ふっしょく)するターニングポイントでした。  「書」を多面的に展開し、既製の道具や既成の概念にこだわらない全く新しい可能性を示唆してくれたのがこのプレゼンテーションでした。





 南米大陸にほど近いキュラソー(Curasao)の浜辺には、貿易風の吹くカリブ海を渡る波が、たくさんのサンゴのかけらを運んできます。
 その風と波が作った自然な形のサンゴのかけらを組み合わせて、いろいろな文字を作ってみると、なんだか懐かしいような、とてもあたたかい、そして、なんとも素朴な文字が出来上がります。



 海の底で潮の流れに揺られて、サンゴが長い長い時間をかけてリーフを作ります。そして、その作られたリーフが自然のサイクルの中で壊されて、サンゴのかけらとなって、もう一度、長い長い時間をかけて海辺に打ち上げられます。
 長い長い旅をしてきたサンゴのかけらには、たくさんの景色や、いろいろなメッセージが隠されているようで、ひとつひとつから物語が聞こえてくるのです。



 そのサンゴを並べ、組み合わせて文字を作るプロセスは、まるで時間を旅しているようなモーメントでした。



 フロリダ半島の西側メキシコ湾岸にあるシエスタキー(Siesta Key)は、 息を吹きかけると飛び散ってしまいそうな細かい白い砂の砂浜が南北に何マイルも続く細長い島です。



 その砂浜に木切れで文字を書いてみると、思いがけないおもしろい「書」ができあがりました。
 形や線だけではなく、削られた砂が絶妙な影を作り、砂に書いた「書」に自然な陰影、深みを加味してくれます。
 そして、風と波が、砂に書いた「書」をはかなく消して、海の中に連れて行く・・・。



 こんな楽しみ方もあるのだと、このところ、違う発想で「書」にアプローチしています。



 「書」の根本は線なのか、形なのか、また、「書」は形による表現なのか、あるいは、意味の体現なのか──と折々に論ぜられますが、私はそれらの要素が複合的にブレンドされ、そして時空を超越したものが「書」であるととらえています。

〈5月5日号につづく〉

(2016年4月7日号)



 



 
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