前田典子の「書」談義(第2回)


進化する「書」

「書」はなんだか古くさい、
「書」はなんだかわかりにくい、
そんな印象を持つ方もあるかもしれませんが、いま、世界でそして日本で、現代の空間、現代人の生活様式にマッチする今様な「書」のプロジェクトが増えています。
文字や言葉自体が持つインパクト、
「書」独特の直裁(ちょくさい)な表現、
和紙と筆のタッチが奏でる和風な優しさ、美しさ、
それらを活かして「書」はどんどん進化していると思います。




ハイアットリージェンシー東京

東京都庁に並ぶホテルハイアットリージェンシー東京。
その一階ロビーに1メートル四方の額装の書五点を制作しました。
ホテルのデザインを手がける建築事務所からは「和風」かつ「アブストラクト」な作品を、というリクエスト。
そして、施主の小田急電鉄からは、沿線の「富士山」「箱根の紫陽花(あじさい)」「仙石原のすすき」「芦ノ湖、富士五湖、山中湖」「桜」をテーマにというリクエスト。
抽象的なイメージと具体的なオブジェクトが正面衝突です。
試行錯誤と推敲(すいこう)を繰り返し題材を決めました。




濃墨で力強くストレートに「富士山」。
「紫陽花」は淡墨と濃墨の二色で筆の動きにフォーカスをして「紫陽花」の文字を重ねた書風。箱根登山電車沿線の青やピンク、紫の紫陽花の情景をイメージして。
種田山頭火(たねだ・さんとうか)の詩「すすきのひかりさえぎるものなし」はまさに仙石原の秋の景色。
「湖」という文字のストロークを分解し、再構築してアブストラクトな線描の「湖」に。
「桜」は山頭火の句から「さくらさくら さくさくら ちるさくら」。見る人にさまざまな桜が目に浮かび、いろいろな思い出が思い出されるような作品を心がけました。




東京田園調布桜坂

東急不動産の一戸建て分譲住宅のプロジェクトが昨年あり、そのモデルハウス、エントランスのインテリアを担当しました。「田園調布 桜坂」 そんな、とびきりチャーミングなアドレスです。
建築事務所からは撰文も含めての依頼。秋の分譲開始、モデルハウスオープンでしたが、モティーフは「桜」を提案しました。
横に長い玄関のスペースにその家を象徴するように、桜の木の枝ぶり、はらはらと舞い散る桜の花びら、桜月夜・・・をイメージしながら、余白を大きくとった作品「桜」を仕上げました。




「墨は黒」と思われるかもしれませんが、墨には茶系、青系の墨があり、また、顔料を練り込んだ古来の色墨もあります。この「桜」の揮毫(きごう)には、赤い色墨に青墨を少し混ぜ「淡墨桜」のような桜色を作り、青墨の「桜」と桜色の「桜」をオーバーラップさせました。




書は中国の殷や夏の時代から続く古代文字に始まり、長い時を経ていろいろな書体が作られ、多くの古典が残っています。それを基礎、基盤にして、現代の感性に響く「書」に進化させていくことは今の時代に生きる書家の使命だと思っています。建築家やデザイナーのアイデアをインプットすることで現代の空間に語りかける「書」が出来上がると思います。

また新しい素材や発想で切り口の違う展開もあります。ラピスラズリーやマヤンアズールという鉱石から作られた顔料を墨色に混ぜてみたり、作品を分割してモザイクのように構成したり、筆や紙に工夫を凝らしたり・・・「書」はどんどん進化をすると思います。




■前田典子プロフィール
 書家。書を真神魏堂(まがみ・ぎどう)、亀山冨美、続木湖山に師事。篆刻(てんこく)を笠井雋堂(かさい・しゅんどう)に師事。1976年から東京でフリーランスコピーライター。1982年書道会「匂蘭の会」(くらんのかい) 主宰。1992年カナダ移住、オンタリオ州ウオータールー在住。三井不動産、野村不動産、東急不動産などのプロジェクトでインテリアの書を制作。タケダカナダ、MAC Cosmetics、CBC などにビジュアル提供。日本、カナダ、アメリカ、アラブ首長国連邦(UAE)などで展覧会、プロジェクト、ロゴタイプ作成。
http://www.norikomaeda.com

〈6月2日号につづく〉

【編集部より】「前田典子エッセー」シリーズ、「第1回 紙に筆と墨で書く『書』の概念を払拭」の記事は、アーカイブの「アートエッセー・前田典子の『書』談義」をご覧ください。トップページ「今週のトピックス・目次」の下の「過去のトピックスはアーカイブをご覧ください」をクリックすると見られます。

(2016年5月5日号)



 



 
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