非常事態宣言のパリを歩く(2)
パリの菓子作りに魅せられた折原恵子さん
相次ぐテロ事件にもめげず
夫婦でショコラティエ「ムッシュー・ショコラ」経営


〈リポート・いろもとのりこ〉

 日本でOL時代に趣味でお菓子作りを経験し、たまたまパリで見たお菓子作りに心を打たれ、本格的にパリで修業するまでになった折原恵子さん。その後、修業時代に知り合った優秀なパティシエ&チョコレート職人、ジャン・マルクさんと出会ったことで彼女の運命は大きく変わった。


▲商店街でもひときわ目立つ「ムッシュー・ショコラ」。思わず入って見たくなる


▲ファンシーな暖かみがにじみ出る店内でジャン・マルク&折原恵子夫妻

 2007年、ついにマルクさんと恵子さんはショコラティエ(チョコレート専門)「ムッシュー・ショコラ」をオープンした。パリ中心からは少し離れているが、15区のにぎやかな商店街の一角にある

 店をオープンするに当たっての苦労、その後の紆余曲折のストーリー、揚げ句の果てに昨年のテロ続きで大きな打撃を受けてしまった。しかし、それにもめげず、二人は自分たちの信じる道を突き進むことにした。

 チョコレート作りヘの情熱とそれを楽しんでくれるお客ヘの愛情を熱く語る恵子さん。今回は苦境のパリで努力する折原恵子さんに話をうかがった。

■パリで受けた衝撃の感動

 恵子さんは埼玉県出身の51歳。日本では商社に5年間勤務し、その間に趣味程度のパンやお菓子作りを習う。その後、そのパン製菓教室で指導する資格を取り、事務の仕事も兼ねてパン製菓の指導も行う。そこで縁あって、岐阜のフランス料理店でパティシエとして働くことに・・・。これがこの道への始まりとなる。

 1997 年に2 カ月間、ヨーロッパ 7 カ国お菓子食べ歩きの旅をする機会を得た。「中でもパリはどこの国よりもお菓子屋さんが多く、とてもひかれました」。
 さらにその 1 年半後、1 カ月間ワインカーヴ巡りと食をテーマに、フランス・スイス・イタリアを旅し、お菓子と違う視点から見て回った。

「この旅でますますパリにひかれていき、1999 年、パリのお菓子学校で短期の研修をする決心をしました。パリのお菓子を見た時の衝撃、何よりも感性の違いに驚きました。そして自分の技術の低さを痛切に感じ、プロとしてやっていくにはもっと上を目指したいと思うようになったのです」

 この時、恵子さんはすでに34歳。内心、パリでやって行けるのだろうか、という不安はあった。それにも増して本物を習得したい、という意欲が強かったのだ。「この時、短期間でもいいからパリのパティスリーで働きたい、という気持ちが 湧き上がってきました」

 幸い、1999 年6月にパリのレストランでスタジエ(見習い)の空きが見つかり、働き始めた。それからパリの何カ所かのレストランやパティスリーで働くこと6年間。中にはフランス最優秀職人(M・O・F)を受賞した有名パティスリー「アルノ・ラーエル」(Arnaud Larher)でも働いた。このときに出会ったのが仕事のパ―トナーであり夫のジャン・マルクさんである。

 マルクさんは、「ペルチエ」で総シェフとして勤務後、「アルノ・ラーエル」のショコラを確立させ、 パリ郊外の「ブーランジェリ・パティスリー・ショコラトゥリー」4 店舗の総シェフをした経験豊富な根っからの職人である。現在53歳。

■マルク&恵子の「ムッシュー・ショコラ」オープン

 ジャン・マルクさんが勤務したすべてのショコラトゥリーで、複数の賞を得ることが出来たことで「自分たちの求めるショコラ、店作りをしたい」という思いが強くなり、ついに「ムッシュー・ショコラ」を開店したのである。店名は彼らの愛犬「ショコラ」を呼ぶとき、いつも「ムッシュー」をつけていたので、それから取ったのだそうだ。

 店のロケーションはいわゆる観光地ではなく、エッフェル塔とモンパルナスの間で、小さな商店が並ぶ住宅街である。一等地はレントが高く、そのぶん商品も値段が高くなることから、割合、庶民的な場所を選んだ。したがって、客層は観光客というより地元のお客が中心である。

「開店にあたって、私たち手持ちの資金はいろいろな事情でそれほどありませんでした。銀行の融資が頼りだったんですが、担保といえば、マルクの腕の評価(有名な賞を獲得していることやこれまでの経験など)、それに私が日本のマスコミから取材を受けたリストなどでした」

 それが見事に功を奏し、融資が下りたのだった。
「本当に融資が下りるなんて信じられないくらいでした」


▲約40種あるボンボン.中には和風テイストの抹茶、ワサビ、ゆず、しそ、ジンジャー、桜の塩漬けなどが・・・


▲タブレット(板チョコ)はナッツ入りなどを含め約30種

■他店と違う商品で勝負

 パリにはチョコレート屋さんは有名店から一般の店までものすごい数の店がある。その中で生き抜いて行くには、良質の味とその店ならではの特色を持っていること。「ムッシュー・ショコラ」では、約 40 種類のボンボンショコラ、 約 30 種類のタブレット(板チョコ) 、その他を加えると100 種類以上の商品を製造している。

「ボンボンに関しては、食感が他店とは違うと言われます。 またフルールドセル(大粒の天日塩)を使った商品が多い点と、モンタージュという実際の形を模したオブジェの商品が多いのも特色です」

▲ひときわ目立つエッフェル塔のモンタージュ ▲モンタージュ・オブジェのいろいろ


▲フルーツのピール入りチョコレート ▲愛犬の足跡をデザインしたボンボン



▲choco choco fleur de sel lait ( ショコショコ フルールドセル レ)

 さらに恵子さんが日本人であることから和風テイストのチョコも作っていて、好評だそうだ。たとえば、ワサビ、しそ、ゆず、ゴマ(白&黒)、ジンジャー、塩漬けの桜、抹茶など。しそは恵子さんの母親が梅干しと漬けた赤じそを乾燥させたものを送ってくれるという。まさに手作りの味である。

 マルクさんにチョコレート作りの醍醐味をうかがうと、「チョコレートはとてもデリケートで、ちょっとした温度や材料のさじ加減で変わります。生きているのです。だから毎回同じではありません。毎回挑戦のような気持ちで作ります。それが楽しいのです」と、いかにも職人ならではのことば。


▲中央のガナッシュプラリネはウイリアム王子のお気に入りチョコ

 「ムッシュー・ショコラ」のファン層は幅広い。たとえば、同店のガナッシュプラリネは地元の常連さんをはじめ、パリのアンヌ・イダルゴ市長、イギリスのウイリアム王子も お気に入りだそうだ。

■順風満帆とはいかない経営の苦労

 「ムッシュー・ショコラ」をオープンして4年ほどたったころ。「経営は順調で銀行の借金も返済のメドがつきまして、もう1軒支店をすぐ近くに出しました。広さは本店より倍くらい広く、サロン・ドゥ・テにしようと考えていました。ところがそのためには市の決まりがいろいろあってパッとできるわけではなかったのです。その上、昨年、支店の前の通りの大掛かりな工事が原因で客足が減ったのです」。それに加え、近くにチェーン店のショコラトゥリーがオープンした。

 さらに連続テロが起きる。「一時は地元の方もこわくて外出をひかえましたからね。ここ数年、フランスの経済が下降気味の上にテロ事件で、観光客は激減していますし、関連の企業や店で倒産したところもあります」。「ムッシュー・ショコラ」でも大きな注文が相次いでキャンセルされたそうだ。

■お客が笑顔になれる店作りを・・・

 一時は支店を閉めることも考えた夫妻。支店はマルクさんと前妻との一人娘、シンディさん(29歳)が店長として取り仕切っている。商品は本店で作ったものを・・・。
「シンディが一生懸命やっているので、私たちも閉めるわけにはいきません」


▲常連客に応対する恵子さん。店の奥が製作場になっていいる

 厳しい現状ではあるが、これを乗り越えて「子供からお年寄りの方まで、年齢を問わず皆様に喜んでいただける商品と接客を目指し、お客様が来店して、笑顔になれるようなお店をモットーに、お客様の声に応えていけるオリジナリティーのある店作りを目指しています」と、語る恵子さん。

 きっときっと、彼らの努力は報われるだろうし、いつもお客を幸せいっぱいの笑顔にしてくれるだろう。

【ムッシュー・ショコラ Monsieur Chocolat】
◎本店:102 Rue Cambronne 75015 Paris(15区)
地下鉄 Cambronne 駅から徒歩7〜8分または Vaugirard 駅から徒歩5分
Tel : 01-43-06-06-76
◎支店:13 Rue de Vouille 75015 Paris(15区)
Tel : 01-45-30-30-91
地下鉄 Convention 駅から徒歩7分または Plaisonce 駅から徒歩10分
*休日:本店は月曜休み、支店は今のところ特別な祭日を除き無休
*ウェブサイト:www.monsieurchocolat.net

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【取材を終えて】
 これまでにいろいろなチョコレートを食べてきたが、マルコさんと恵子さんがオリジナリティーを強調するだけあって、実際「ムッシュー・ショコラ」のチョコレートは初めて経験する究極の味だ。特にウイリアム王子お気に入りのガナッシュプラリネには「う〜ん」とうなってしまった。
 テロの後遺症から一日も早く回復し、パリが名実ともに「世界中の人たちのあこがれのパリ」にもどることを心から願う。(いろもとのりこ)

(2016年5月19日号)



 



 
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