相続法の基礎知識・オンタリオ州編(その20)
目的別に作る遺言書とは?


〈オンタリオ州弁護士・スミス希美(のぞみ)〉

 去る4月21日、57歳の若さでこの世を去った人気歌手のプリンスさん。彼の遺産は30億米ドル以上にのぼると伝えられています。しかし、彼は遺言書を残さずに亡くなったと報じられており、無遺言による遺産管理の手続きがミネソタ州の裁判所で開始されました。
 2回の結婚と離婚を経て、子供は持たなかったとされていましたが、ここで血縁関係を名乗る人たちの問い合わせが殺到するなど、誰が真の法定相続人であるかを巡って遺族間で争われることが予想されます。

 プリンスさんの遺産は、彼の音楽の知的財産権だけではなく、複数の不動産がミネソタ州以外にも所在し、無数の未公開の作品の存在など、その内容・大きさ・性質・財産の所在地の点から、遺産の管理処分は困難を極めるでしょう。

 もちろんプリンスさんの遺産の例は特殊ではありますが、きちんと対策を講じておかないと困るという点で、教訓になることは多いものです。実は、遺言書はひとつだけ、と思われがちですが、個人の財産の質や所在地によっては、目的別に複数の遺言書(Multiple Wills)を持つことが有用である場合についてお話します。

1. 事業主である場合
 現在のオンタリオ州の法律では、プロベイト税(Estate Administration Tax)の節税を目的として、異なる内容の遺言書を複数作ることが許されています。最も一般的な例は、会社経営者の遺言書で、一つは私用の財産を扱うための遺言書(Personal Will/Primary Will)、もう一つは、ビジネス用の財産を扱うための遺言書(Corporate Will/Secondary Will)と、二つに分けて作ることがあります(Dual Wills)。

 このように私用とビジネス用の財産を分けて遺言書を作る利点としては、所有する株式(非上場企業のもの)などのビジネス用の資産がプロベイト(Probate)の対象にならないため、プロベイト税を払う必要がなくなること、ビジネス資産の扱いを私用の遺言執行人とは異なる人物を任命できること、ビジネス用の資産・負債の処理、資産の所有権の変更などが、プロベイトの完了を待たずに行えるなどの利点が挙げられます。

※ プロベイトの制度については、本欄第7回をご覧ください。
http://www.e-nikka.ca/Contents/150416/topics_04.php




2. オンタリオ州外に不動産を持つ場合
 不動産の所有者が死亡して不動産が残された場合、その不動産の処分は、不動産の所在地の法律に基づいて行われます。したがって、同じカナダ国内でも、オンタリオ州外に不動産を持つ場合は、その州の法律に基づいて、その州の不動産に対処できる遺言書を作成することが必要になります。

 なお、カナダ国内であれば、州の間で、他州で作られ、プロベイトされた遺言書を他州の裁判所で認めてもらうということも可能ですが、不動産の相続手続きを迅速化するためには、その所在地の法律に基づいた遺言書で対応することが有効です。
 また、日本やフロリダなどカナダ国外に不動産を持つ方は、その国・州の法律に基づいた遺言書で対応しておかなければ、カナダで作った遺言書を他国で認めてもらう手続きに、費用も時間も膨大になるため、非常に厄介になります。




3. 国外に財産を持つ場合
 オンタリオ州の居住者が亡くなり、遺言書のプロベイトが必要になった場合、プロベイト税の課税対象になる財産には、オンタリオ州外、カナダ国外の財産(ただし不動産を除く)も含まれます。

 さらに、オンタリオ州の法改正により、2015年1月1日から、遺言執行人が遺言書のプロベイトを裁判所に申請した場合、その際に提出した遺産額の詳細を「遺産情報申告書」("Estate Information Return")としてオンタリオ州財務省(Ministry of Finance)に提出することが義務付けられました。(詳しくは:http://www.fin.gov.on.ca/en/tax/eat/

 特に、申告書の銀行口座の情報は、「全世界の銀行口座情報」を報告することが義務付けられています。そのため、カナダ国外に銀行口座を持つ人は、遺言書で扱う財産の範囲を「カナダ国内用」の遺産に限るとするなどして、オンタリオ州のプロベイトの対象にならないように遺言書を作る方法もあります。




4. 高価な私財品を多く持つ場合
 これもまた、上の(3)と同様にプロベイト対策のひとつですが、美術品、骨董品、宝飾品、コレクションなど、高価な私財品を多く持つ場合、「遺産情報申告書」に記載する私財品の価値は、市場評価額(Market Value)でなければならないため、一つ一つの品に鑑定評価(Appraisal)を得る必要があります。高級私財品に支払うプロベイト税だけではなく、鑑定評価を得るためのコストと時間、手間を考え、このような私財品に対応するための遺言書を作成することもできます。




 このように、目的別・管轄権別に遺言書を作るというのはなじみのない考えかもしれませんが、日本に銀行口座や不動産があったり、フロリダに冬場を過ごすコンドミニアムを持ったりなど、意外にこの手法の対象になる人は多いかもしれません。  ただ、複数の遺言書を作るには、互いの遺言書が効果を失わないために、緻密(ちみつ)なドラフティングの作業を要し、複雑になるほどリスクも高まります。そのため、弁護士・会計士の助言のもと、準備を進める必要があります。

【おことわり】
このコラムを通して提供した情報は、一般的及び教育的な目的として提供された情報であり、著者及びダーモディ法律事務所による読者個人への法的意見又は見解を示すものではありません。特定の事実関係につき法的助言を含む専門的助言を必要とする方は、ご自身の弁護士・会計士等の専門家へ直接ご相談ください。また、カナダの遺産相続に関する法律は州によって異なりますので、当コラムで提供する情報はオンタリオ州の法律に限られていることをご了承ください。

【著者略歴】

▲スミス希美弁護士
スミス希美(のぞみ):福岡県出身。中央大学法学部を卒業後、トロント大学ロースクールに留学し、ジュリス・ドクター及び法学修士号を取得。その後、2010年にオンタリオ州の弁護士資格を得る。現在、ハミルトン市の Dermody 法律事務所で、遺産相続・信託法を専門に活躍中。遺言書、委任状、贈与などのエステートプラニングや遺産の管理・処分に関する相談などを取り扱う。
〈連絡先〉電話 : 905-383-3331(内線)226
Email : zoe@dermody.ca
Website : www.dermody.ca


【編集部より】「知っておきたい相続法の基礎知識」シリーズ、「第1回 なぜ遺言書が必要か?」から「 第19回 ペットは相続人になれるか?」までの記事は、アーカイブの「相続法の基礎知識」をご覧ください。トップページ「今週のトピックス・目次」の下の「過去のトピックスはアーカイブをご覧ください」をクリックすると見られます。

(2016年5月19日号)



 



 
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