非常事態宣言下のパリを歩く(5)
7月末まで再延長された非常事態宣言
テロの後遺症いろいろ・・・


〈リポート・いろもとのりこ〉

 筆者がパリ滞在中の5月19日、非常事態宣言が5月末までだったのが7月末まで再延長すると発表があった。これで8カ月以上続くことになる。おもな理由は、6月から7月にかけてサッカーの欧州選手権や自転車レース「ツール・ド・フランス」など国際大会が開かれることへの安全対策ということになっている。今までとちがうのは、今回は令状なしの家宅捜索を認めた条文は取り除くとしていること。

▲パリのカナダ大使館前のモンターニュ通りに咲くマロニエの花 ▲St. Sulpice 教会前のマロニエ



▲5月から6月にかけてイチゴなどおいしいベリー類が出そろう

 パリの5〜6月はマロニエの花が咲き、市場の店先には真っ赤な甘いイチゴやベリー類が並べられる。待ちに待った春を満喫できる一番よい季節である。昨年11月のテロのあとは「こわくて外出するのを控えた」という市民も多かったそうだ。現に政府からも「外出を極力控えること」というお達しも出たそうだ。その後遺症がやっと忘れかけたころの再延長にとまどう市民も多い。


▲パリの街を警備する兵士たち

 しかしその反面、街や駅、人々が集まる場所を警備して回る兵士たちの姿が普通の生活に溶け込んできていることも確かなようだ。むしろ、「守られている」という安心感さえ感じているように見受けられる。以前、中南米を旅行したときにやたら兵士が銃を持って警備している姿を見てドキドキした思い出があるが、パリも同じようであって、またひと味ちがった雰囲気である。

公衆電話ボックスをすべて取り外したパリの電話事情

 パリではそれほど携帯電話を必要としないと思い、今回持参しなかった。というのは、昨年4月に日本へ帰国した際、契約しているロジャースの「1カ月99ドル使い放題」というパッケージに加入し、日本で大いに電話をかけまくったのだが、カナダに戻ると、なんと約$3,000の請求書がきたからだ。これでは話がちがうと憤慨していたら、幸い、息子が電話会社と交渉して$300まで下がったといういきさつがある。
 こんなトラブルは私だけではない。周囲で同じような話をたくさん聞いた。そういうこともあって、今回、携帯電話を持って行かなかったのだ。その後、利用者から同様の苦情があまりにも多くきたため、ロジャースもこのシステムを改善したそうだ。

 パリでもネットと固定電話を一体化したシステムが一般的になっている。つまり、ネットが通じないと電話も通じない。私が借りていたアパートの電話も同じだった。パリに着いて3日目、突然ネットが使えなくなり、電話も通じなくなった。

 まずは、アパートの管理者にそのことを伝えなければならない。以前はすぐ近くにあった公衆電話ボックスヘと足を向けた。「ない! 確かに前はあったのに」。地下鉄の駅だったらあるかと思い、行ってみた。駅のスタッフに聞くと「今はもう取り外した。パリ市内には1カ所もないと思う」とまで言われてしまった。

 困り果てた顔をしていると、そのスタッフが「私がかけてあげるから番号を言って」と、自分の携帯を取り出してかけてくれた。おかげで連絡はとれた。それにしても市内に公衆電話が1台もないとは・・・! 

 パリ在住の知人に聞くと、テロのあと、公衆電話はあっという間になくなったそうだ。電話ボックスもテロリストに利用されないとも限らないという判断からのようだ。そのあとも、数回、公園で老婦人に、また、カフェで若い男性に携帯電話を借りた。皆さん快く貸してくれた。それだけ携帯電話が1人1台に近い割合で普及しているのだろう。料金もパッケージでずいぶん安くなったそうだ。おかげでパリジャンの親切さを身にしみて感じることできた。昔のパリジャンとはずいぶん変わったものである。

以前取材した人たちを再び訪ねて・・・

 筆者は紙の新聞「日加タイムス」を現在のオンライン新聞「e-nikka」に変えた2009年の翌年2010年から2年ごとにパリを訪問している。そのつど、パリで活躍する日本人やあまり観光名所でないところなどを紹介してきた。


▲「Fromagerie HISADA」の店内


▲チーズ熟成士の久田恵理さん。円内は桜の花と葉の塩漬けをあしらったシェーブル(やぎ)のチーズ

 今回、過去に取材した人やお店を再び訪ねてみた。まずは一昨年紹介した日本人チーズ熟成士の久田恵理(ひさだ・えり)さん。ルーブル美術館に近い一等地に「Fromagerie HISADA」を構えている。地元のチ−ズに加え、桜の花と葉の塩漬けやユズ、わさびなど和風テイストをあしらったオリジナルチーズが特色だ。

 「確かにテロのせいで観光客は減りました。しかし、フランス人常連客に支えられています。チーズ造りには熟成させたりいろいろ段階的に仕事がありますから、ヒマを持て余すことはありません。また、いつかパリに人が戻ることを願っています」と、けなげに語る恵理さん。心から「がんばって!」と言いたくなった。

www.hisada-paris.com


▲日本レストランがたくさん並んでいる通り rue Saint-Anne

 次はオペラ通り近い、サンタンヌ通り(rue Saint-Anne)のうどん屋「国虎」(くにとら)へ。この通りは日本レストラン街でラーメン、日本食店がずらり並んでいる。中でも常時行列ができていたのが、四国うどんの「国虎」だった。


▲「十兵」のスタッフたち。右から2人目のフランス人女性は1年間日本に滞在したことがあるだけで、日本語をすごく上手に話す

 現在は同じ場所で店名を「十兵」(じゅうべえ)に改称、オーナーは変わったが、うどんの味は引き継いでいる。以前はうどん中心だったのが、現在は丼(どんぶり)ものやちょっとした前菜風のものも出している。

 元祖「国虎」はすぐ近くに居酒屋風の日本料理店「国虎屋」を経営していた。オープンカウンターのおしゃれなカフェバー日本料理といった感じである。年月がたてばパリの日本レストラン事情も変わるものだ。

www.kunitoraya.com


▲人通りが少ない金曜の午後のオペラ通り

 そのほかにも以前取材した人、店などいろいろあるが今回は時間的にまわれなかったので、次回の楽しみにしよう。

爆発物!? パリ空港で置き忘れ荷物騒ぎ

 筆者がパリを発つ日の前日(5月19日)にパリ発カイロ行きのエジプト航空機が地中海で墜落するというミステリアスな事故が起きた。「すわ、テロか」と世界中で大騒ぎになった。真相は今だにわかっていない。しかし、パリ空港はこの騒ぎで厳重な警戒体制をとっていた。それでも「フライトスケジュールは変更しない」と、空港トップが宣言していた。

 私事ではあるが、今回、トロントからパリへ出発する7週間前に下り坂道で転び、肩(上腕)を骨折した。再レントゲンを撮った結果、最終的に医者から旅行の許可が出たのは出発4日前だった。「年齢にしてはリハビリが早い」とのことだった。しかし「重い物を持ったり、無理をしてはいけない」と注意された。

 ところが、旅行中、滞在先のバスルームですべって尻もちをついたり、パリの地下鉄の中でよろけて倒れたり・・・と、ご難つづき。それでもスケジュールをこなすため、せっせと歩き回った。その後遺症が旅程の最終日ごろになってどっと出てきたのである。


▲シャルルドゴール空港の第2ターミナル。ここにエールフランス、エアカナダをはじめ、ヨーロッパ各路線が入っている(写真は Wikipedia より)

 広いパリのシャルルドゴール空港内を荷物を持って、一番遠いエアカナダのチェックイン・カウンターまで歩く自信がなくなっていた。そこで空港職員にカートに乗せてもらおうと見渡したが、目に入るのは兵隊さんばかり。仕方なく彼らに事情を話し、荷物を持ってもらって、オフィスまで案内してもらった。本当は彼らの職務外のことだが、とても親切にしてくれたので丁寧にお礼を言った。あとは空港の係員がすべてをやってくれ、搭乗ゲートまで私と荷物を運んでくれた。

 その途中、ちょっとしたハプニングがあった。ゲートに入るすぐそばの椅子にだれかが忘れ物をしたらしく小さな包みが置きっぱなしにしてあった。ふだんであれば忘れ物として管理事務所に届けられることであろう。しかし、時が時である。「爆発物かもしれない」。兵士、ポリス、空港関係の責任者など多くの人たちが集まって騒然となった。

 私はそのあと、車椅子に載せられてゲートに入ったので結果は見られなかったが、何もニュースで言っていないところをみると、単なる忘れ物だったのだろう。そういえば、日本でもG7サミット開催中、東京の渋谷駅でだれかがスーツケースをコインロッカー前に置きっぱなしにしていて、ちょっとしたお騒がせがあったようだ。

 今回の旅では行く前、途中、帰途といろいろあったが、テロにも遭遇せず予定通りスケジュールをこなすことができた旅だった。(パリ編は終わり)

*次回からリスボン編を掲載します。

(2016年6月9日号)



 



 
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