コスタリカから国境越えニカラグア日帰りバスツアー
個性が強いのかも知れない、ニカラグアという国


〈 オンタリオ州ロンドン市 ウィルソン夏子 〉

 中央アメリカにあるコスタリカは、北にはニカラグア、南にはパナマを隣国にしている。コスタリカに滞在中、私は、ニカラグアへの1日バス旅行に参加した。朝5時半にミニバスが来て、途中で大型バスに乗り換え。50人ほどの客を乗せて、バスはニカラグアに向かった。

 パンアメリカン・ハイウエーを北上する。この道路は、北アメリカと南アメリカを結ぶハイウエーである。目をつむっていても、北に向かえば米国アラスカに着き、南に向かえばアルゼンチンの南端まで行ってしまうという便利な道路である。

 コスタリカのリベリア(Liberia)から、ラ・クルーズという町に入り、ここでニカラグア湖を展望したあと、バスはニカラグアに入った。

 バスを降り、コスタリカの国境検問所で出国のスタンプを押してもらう。バスに戻り100メートルほどバスが進むと、そこはもうニカラグアだった。ニカラグアの検査官がバスの中へ入ってきて、乗客のパスポートを集めて出ていった。乗客はパスポートが戻ってくるまで広場で時間をつぶしていた。


▲検問所の広場で、待つ人たちとトラック

 検問所の広場には、たくさんの人々がおり、たくさんのトラックが止まっていた。
誰かがバスのガイドさんに聞いた。
「どうして、こんなにたくさんのトラックがいるの?」
ガイドさん「トラックが検問を通るためには、最低3日は待たねばならないからだよ」
 これを聞くと、私の前に座っていた乗客がこそこそ言っているのが、聞こえた。
「それはきっと、違法で人々を移動させているトラックを閉め出すためなんじゃないか? 3日間も人間をトラックに押し込めておくことは無理だからね」
私はこれを聞いて、「人身移送」という言葉を思い出して、身震いした。ガイドさんには、聞こえなかったのが幸いだった。


▲検問所の広場でお店を出している人

 検問所の前の広場では、お店が出ている。ペンを売っている人がいた。ボールペンに糸を巻き、「NICARAGUA」とか「COSTA RICA」などの文字を入れていた。2本で、1ドル(US)という。


▲ボールペンを売る人

 ペンを買うと、この人は、私にいろいろ話してくれた。英語だった。
「あの大型バスから降りてくる人たちがいるでしょ。あの人たちは、荷物を持って、税関に入らなくちゃ、いけないんだ。麻薬を持っていないか、調べられるんだよ。先週、400キロの麻薬を積んだトラックが見つかったから、警察は、よけい神経質になってるんだ」

 なるほど。乗客が長距離バスから降りてくると、運転手さんが大型バスのお腹から、荷物をどんどん投げ出していく。乗客は、重たそうなスーツケースを運んで、検問所に入って行く。
「でもね。警察は自分たちの手元に麻薬を置いておくんだ。警察だって、悪いヤツらに売って、お金もうけをしているんだ」

 この人が言っていることは、正しいのかどうか、私には見当がつかない。しかし、ニカラグアという国には、かなり乱暴な要素があるかもしれない、という印象が生まれる。

 私は、その人と話を続ける。
私「これらのボールペンは、どこから仕入れたの?」
その人「ペンはメキシコから。糸はグアテマラから買った」

私「あなたは、英語が母国語と思うけれど、どうして?」
その人「僕の先祖は19世紀にジャマイカから来たんだ。ニカラグアに自由を求めてね。落ち着いた所はカリブ海沿岸のブルーフィールズ(Bluefields)という町。だから僕は、ニカラグアの英語圏の町に生まれ、育ったんだ」

私「それじゃあ、その英語を利用して、コスタリカでガイドさんなど、なさったら?」
その人「本当は僕、コスタリカに移住したいんだ。そのほうが、生活が楽だから。でも、僕にはビザがないんだ」

 ニカラグア入国のために渡したパスポートがやっと戻ってきたのは、1時間ほどたってからだった。本当にカリブの島々や中央アメリカで「待たされる」のは、普通のことなのだった。(待つことに忍耐のない夫は、そんな理由でこのバスツアーには参加しかなかった)

 バスは、ニカラグアのパンアメリカン・ハイウエーを走る。窓から軍隊の制服を着た兵士が立っているのが見えた。
「兵士の写真は撮らないで下さいね」とガイドさん。

 2、3日前、キューバから違法にニカラグアに入ろうとした人々がいて、政府は神経質になっているとのことだった。この後、パスポートを再び点検するために、バスは2度も小さな検問所で止まり、係官がバスに乗り込んできて、乗客のパスポートをチェックして行った。

 窓から見れば、ニカラグアに入っても、コスタリカと地続きであり、木や風景はコスタリカと同じであった。これを見ていると、「国境」というものは、人間が決めただけなのだと納得できる。


▲ニカラグア湖のオメテペ島にそびえるコンセプシオン火山

ニカラグア湖

 ニカラグア湖(Lago Nicaragua)は、この国の象徴であるようだ。湖畔に立てば、真っ正面に山が見える。が、それらの山は、湖の島にある山だった。ニカラグア湖には400ほどの島が浮かんでおり、その一番大きい島「オメテペ島」(Ometepe)に、ふたつの火山があるのだった。コンセプシオン火山(Volcan Concepcion)は、1610メートルの高さだが、なだらかな稜線と雰囲気が富士山に似ている。ちょっと小さ目な富士山が、こんなに近くで見えるのがうれしい。

マサヤ火山国立公園

 朝、バスに乗った時、「今日は、本当は、火山は見られないかもしれないよ」と言っていたガイドさんは、公園と連絡が着き、「今日は、公園は開いている」と確認していた。

「昨日、軽い地震があったので、公園は閉鎖するという話もあったから」と言った。今から見る火山は、活火山であった。マサヤ(Masaya)という町に入り、マサヤ火山国立公園へ・・・。
 バスは緩やかな山を登ると、平たくなっている頂上に着いた。バスを降りて、10メートルほど歩くと、噴火口がある。


▲燃え上がっている噴火口

 そこに立って、下を見ると、赤い火が燃え上がっていた。もう2、3歩、足を進めて、カメラを下に向け、カルデラをのぞくと、溶岩が勢いよく燃え続けていた。
 「ここに処女を投げ入れれば報いがある」という先住民の伝説も理解できた。スペイン人は、「地獄の門」と呼んだ。ガスも、もうもうと出ていた。温泉の臭いがする。

グラナダの町

 バスはニカラグアのほぼ中央にある古い町にきた。1524年にスペイン人が造ったニカラグア最古の町である。グラナダ(Granada)という町だ。教会やコロニアル風の家、建物は16世紀の雰囲気をかもしだしている。


▲教会の建物の一部


▲本格的に古いカテドラル


▲この国で生産される数々の果物を並べた果物屋


▲グラナダの下町風景。馬車が通り過ぎて行く

 ニカラグアは内戦が激しかった国である。40年も続いたソモサ独裁政治に反乱を起こしたサンディニスタ(民族解放戦線 FSLN)の指導者だったダニエル・オルテガが大統領になったのは、1985年。16年間の空白の後、2007年再びオルテガ氏が大統領に就任した。

 4年後2011年にも再選され、2014年には自身が大統領を3期続けることを国会に認めさせた。今や、革命家であったオルテガ大統領が、独占体制に入っていくような状況にある。
 ニカラグア検問所の広場で、オルテガ大統領の写真看板を見た。


▲オルテガ大統領の写真看板

 ニカラグアにいたのは、せいぜい5、6時間だけだった。が、「この国には何かあるぞ」という印象を受けた。

のぞき込む
噴火口にて
燃える火の
炎息づき
赤なる神秘                  

〈おわり〉

(2016年8月11日号)



 



 
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