我が町で起こり得たテロの惨事(その1)
ISILシンパ男の爆破計画を未然に防いだ連邦警察


〈 オンタリオ州ロンドン市 ウィルソン夏子 〉

 テロはどこの国でも起こります。比較的穏やかだと言われるカナダでも、時々起こります。そして、それは大都市ばかりでなく、小都市でも起こります。
 先週のことです。テロリストが、爆発物を持って、私が時々行くロンドン市内のショッピングモールに向かうという事件が発覚しました。大惨事が起きる直前、本当にその直前に、事件が解決しました。「ラッキーだった」という言葉でしか言い表せません。

 事件は、こんなふうに展開したのです。
2016年8月10日(水曜日)朝8時半のことです。カナダ連邦警察 RCMP は、アメリカの連邦捜査局 FBI から連絡を受けます。FBI からは、ビデオと写真が送られてきます。このビデオは、あるテロリストが近々起こす復讐(ふくしゅう)を予告しているものです。


▲Aaron Driver (YouTube のビデオより) 

 連邦警察は、そのビデオを見ます。私も、それを YouTube で見ました。バクラバという黒いズキンをかぶった20代の白人男性が話しています。イスラム教の祈りのような言葉のあと、彼は始めます。

「カナダよ。お前は、これまでにいくつかの警告を受けてきた。イスラム国家を攻撃している者に、何かが起こるということは何度も伝えられてきた。今日は、お前たちがどんな攻撃を受けるか、お前たちが体験する日だ」

 画像の男性の目は、距離を置いた書き物を目で追って、文を読んでいるようです。視線がちらちら動くからです。 「我々は、血に飢えている。お前たちがもたらしたすべてのものに、お前たちは報復されるのだ」

 ホームビデオなのでしょう。思いがけず、猫も画面に入ってきて、1、2秒、猫の後ろ姿が映りました。

 2分10秒続くこのビデオ内容は、イスラム国家の名の下に、この自分が、カナダで襲撃を起こす、ということなのです。でも、この復讐は、カナダのどこで、いつ起こすのかは不明です。しかもこのテロリストは、誰であるかも分かりません。

 このビデオから、RCMP はこう考えを発展させます。多分、このテロリストは、都心で、朝か夕方のラッシュアワーを狙って、何かを爆破させるつもりであろう。彼の計画は最終段階にあり、それは72時間以内に実行されるであろう、という見解を述べました。テロリストに対処している長年の実績から、これらのことを察するのだろうと思います。事態は緊急です。

 連邦警察は、テロリストの名前の割り出しに急ぎます。2時間半後、名前が判明しました。名前はアーロン・ドライバー Aaron Driver、年齢は24 歳です。
 ネット上では、Harun Danyal の名前を使い、Harun Abdurahman という偽名も使って、ISIL(アイシル=過激派組織「イスラム国」)の強力な支持者として、ネットで活躍している人物でした。警察が、かなりの速度で名前を見つけたのは、彼が数年前から警察に要注意人物としてマークされていたからでした。

 事実、この男は、2014年12月、警察に呼ばれているのです。理由は、イスラム国家の強烈な支持者であり、その指導者に尊敬を払い、過去に事件を起こしたカナダ人のテロリストたちを崇(あが)め、ソーシャルメディア(主にツイッター)に頻繁に書き込みをしているからでした。

 2015年6月、彼のパソコンに爆弾の作り方が入っているのが RCMP に見つかりました。この時、彼は裁判所から、ピースボンド(Peace Bond =謹慎契約とでも訳しましょうか)を適用するように命令されます。

 ピースボンドは、テロリストのシンパサイザーたちが、謹慎し、よき行いを保つために設けられたものです。例えば、彼の場合には、デジタルのブレスレットを着けること、教会に参加することが義務づけられ、パコソンや携帯電話の使用は禁じられたのです。

 このような過程があり、彼はテロリストの要注意人物として、警察のリストに載っていたということです。しかし、ブレスレットは着けましたが、警察は、彼の行動をいちいち監視するということはしなかったのです。

 今年(2016年)2月には、彼は、弁護士の援助によって、ブレスレットをはずし、教会に行く義務からも解放されています。が、この時の条件として、2016年8月末まで、パソコンと携帯電話の使用は禁止になっていました。

 テロリストの名前が分かれば、住所も判明します。彼は、オンタリオ州のストラスロイ(Strathroy)という小さな町に、姉と一緒に住んでいることが分かりました。

 この日曜日(8月14日)、私たちはその家を見に行きました。ロンドンの私の家からちょうど車で20分でした。普通の家でした。
 そして、私は、ハナ・アーレントという女性哲学者が言った「悪の陳腐さ」という言葉を思い出しました。ナチスドイツの悪名高き親衛隊員アイヒマンの裁判を見て、彼女が受けた印象を表現し、有名になった言葉です。私が、この家を見た時、この表現がぴったりしたのです。本当に、ごく普通の家だったからです。

 話はカナダ連邦警察に戻ります。さて、その日(8月10日水曜日)の午後、連邦警察は、彼が住んでいる家を密かに包囲します。午後4時。警察は、テロリストが、町のタクシー会社に電話をするのを感知します。


▲ロンドンのショッピングモール「Citi Plaza」の入り口

 男性は、「ロンドンのシティプラザ(Citi Plaza)に行きたいんだ」と、タクシー会社の人に言いました。タクシー会社は、この男性がしばしば利用していたそうですから、特別なこととは思いません。

 何分か後、タクシーが、男性の住んでいる家の車寄せに着きます。過去何度も来ていますから、運転手は、いつものように客が出てくるのを待っています。この時点では、運転手は警官が取り巻いていることは、何も知りません。

 さて4時半ごろ、玄関のドアを開けて、男性が出てきます。彼は、黒いバックパックを持っています。彼は、タクシーの後ろの席に乗り込みます。

 タクシーは道路に出るために後進しようとするのですが、警察がそれを妨害します。
 警官は「タクシーから降りろ」と男に命じます。突然のことで、男は驚愕(きょうがく)したに違いありません。すると男は、後ろの座席で持っていた爆弾を仕掛けたそうです。その爆弾で、火花が飛んだのでしょうか。タクシーの運転手は腕に軽いけがを負いました。しかし、這(は)ってタクシーから抜け出たそうです。

 タクシーの中にいる男は、警察官と直面することになりました。警官は銃を持っており、男は爆弾を持っています。ここで、次に何が起こったのか、現在、私たちは知ることができません。分かっていることは、この時点で、男は死んだ、ということです。

 一説には、警官の銃に撃たれて死んだといわれ、一説には、男が自分の仕掛けた爆弾のために死んだといわれています。現在のところ、テロリストの死因は不明なのです。
 こうして、恐れられたテロ行為は避けられ、8時間以内で事件は終わりました。

 水曜日に起こったこの事件は、翌日(木曜日)に、テレビとラジオで報道されました。新聞がこのニュースを詳しく報道したのは、金曜日になってからなのです。事件から3日目になって、私は、このニュースの重大さを感じ、足が急激に冷えていきました。

 「新聞は、過去のニュースを、あたかも今日起こったように書く」という言葉を残したのは、ガートルード・スタイン(アメリカの女性作家)ですけれど、本当にそうだと思いました。

 事件当日(水曜日)の午後、私たちはある人のお葬式に参列していました。儀式は2時半ごろに終わり、私たちは駐車場に歩いていました。すると、今まで見たこともなかった車が走っていくではありませんか。
「あれ、なあに?」と聞くと、
「戦車」と夫は言いました。

 ものものしい戦車の形相に、私は、ぎょっとしました。 「平穏な町に、なぜ戦車が走っていくの? へんね」と言いつつも、家に帰れば、そのことは、すっかり忘れてしまいました。

 「ああ、あの戦車は、テロリストがロンドンの町で何かを起こすことを予期したので、警戒にあたっていたんだ」と理解したのは、新聞を読んだ数日後でした。


▲モールの内部(8月15日に撮影)

 モール「Citi Plaza」は、ロンドンのダウンタウンのほぼ中心にあります。何十軒かの服装店、宝石店、雑貨店、美容室、カフェテリア、映画館、医療機関、ウエスタン大学の成人クラス、それに他の大学の分室もあります。

 そして、このモールには市で一番大きい市立図書館があります。私は大変この図書館が気に入っているので、時々出かけます。つまり、このモールは、市民がいろいろな目的のために行くコミュニティーセンターのような役目を果たしている所なのです。


▲ロンドン市立図書館


▲子供図書館で見かけた風景 

 テロリストは、このモールから更に足を伸ばし、列車かバスの駅に行き、何事かを計画していたのではないかとも推測されています。

 しかし、このテロリストが、もし、モールのどこかを爆破させたような場合、運が悪ければ、私はその犠牲者になることもあり得たかもしれません。この暑さの中で、寒気を感じつつ、原稿を書いています。

玄米を
はじめて買って
試す日の
あってうれしき
普通の暮らし

〈次号に続く〉

(2016年8月18日号)



 
 


 
 
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