登山家・槇有恒が残してきた
アルバータ山伝説の「銀のピッケル」
ジャスパー博物館に展示されています


〈 リポート・ 奈良由貴子 〉

 1925年、日本山岳会が世界初登頂に成功したアルバータ山に残してきたという伝説の銀のピッケルが、ジャスパーにあるジャスパー・イエローヘッド博物館&資料館に大切に保管、管理され展示されている。

 アルバータ山はカナディアンロッキー山脈の中で第6位の高峰(標高3,619m)で、ジャスパー国立公園のアサバスカ川渓谷上流部に位置する。標高の高い山ではあるが、コロンビア大氷原の奥にあるこの山を高速道路から簡単に見ることはできない。


▲ジャスパー・イエローヘッド博物館&資料館の入り口


▲Mount Alberta


▲在りし日の槇有恒(まき・ゆうこう=1948年)〈Wikipedia より〉 

 当時、世界の登山家が登頂に困難を極めていたこの山に初登頂したのが、槇有恒(まき・ゆうこう=1894−1989)を含む日本の山岳隊であった。そびえ立つ垂直の岩肌に苦労をし、メンバーが壁に向かって立ち、そのメンバーの肩にのり、人間はしごを組み、頂上を目指したともいわれている。ついに、山頂に到着した登山隊は登頂の証(あかし)としてピッケルを山頂に突き刺した。

 のちのち、このピッケルは、純銀製であるとか、天皇陛下からお預かりしたものであるとか、説話が生まれた。1948年、登頂に成功したアメリカ山岳隊が山頂で見つけたピッケルは、普通の木製のスイススタイルのピッケルであった。彼らは、雪と氷に埋まったピッケルを掘り出そうとしたが、途中で折れてしまった。それでも、上部4分の3の部分をアメリカへ持ち帰った。


▲銀のピッケル


▲アルバータ山の登頂に初めて使用された絹のロープ


▲1965年、再登頂に成功した日本山岳会の会員たちの写真

 その後、1965年に登頂に成功した日本山岳隊が、下部4分の1を日本へ持ち帰った。そして、1993年、ジャスパーの登山家がたまたま、ニューヨークのアメリカ山岳会の資料館の机の下にあった包装されたままのピッケルを見つけ、1995年にピッケルはカナダに戻ってきたのである。

 1997年、ようやく日本で時の総理大臣の立ち会いのもと、離ればなれになっていたピッケルの2つの部分が合わさった。そして、ピッケルは現在、記念の地であるジャスパーの博物館に展示されている。

 展示ケースの中にあるピッケルを見ると、折れた部分が驚くほどピタリと合うのがよく分かる。このピッケルを見ていると、山に対する夢とロマン、そして、日本とカナダの友情の絆(きずな)に胸が熱くなる。


▲先住民の暮らしの様子


▲ジャスパー国立公園の発展の様子


▲その昔、ジャスパーに通じる鉄道工事に従事した労働者

 ジャスパー・イエローヘッド博物館&資料館は、ジャスパー国立公園とイエローヘッド・コリドールの人々の歴史を示す記録文書と工芸品を収集・保存し、先住民が岩穴で暮らしていたころの様子や、ジャスパー国立公園の開拓、発展の過程が見やすく展示されている。ジャスパーを訪れたら、ぜひ、足を運びたい場所の一つである。

ジャスパー・イエローヘッド博物館&資料館
Jasper Yellowhead Historical Society
400 Bonhomme St., Jasper, Alberta  T0E 1E0
Tel : 780-852-3013

【入場料】
大人 : 7ドル
学生・シニア : 6ドル
家族 : 15ドル
http://www.jaspermuseum.org/

(2016年8月25日号)



 



 
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