前田典子の「書」談義(第6回)
篆刻(てんこく)



今回は書の一分野「篆刻」(てんこく)をご紹介します。


▲匂蘭(くらん)

私は篆刻を始めてまだ35年ほどですが、篆刻の世界の奥行きの深さと玄妙な幅広さに魅せられてコツコツコツコツ石を刻しています。
篆刻は筆を印刀に、紙を石にかえて、限られたスペースの中に、朱と白でコントラスト、ハーモニー、バランス、そして字句、文意の表情を創造していきます。

印を刻す時、篆書(てんしょ)といわれる書体を多く使いますが、日本のパスポートの表紙の「日本国 旅券」という文字が篆書体です。ほかにも、古代文字、金文、また平仮名片仮名、楷行草書体を用いる場合もあります。象形印といわれる動物や仏像などをモチーフにした印もあります。
篆刻の印は書画の落款(らっかん)として名前、雅号を刻する場合が多いですが、文字や言葉それ自体を作品として仕立てるのも篆刻の妙味です。


▲パスポート

篆刻には、
文字を白く刻す白文
文字を赤く残す朱文
の二種類があります。

篆刻には、字法、章法、刀法といわれる三法がその要素といわれます。
字法は文字の成り立ちを学ぶこと、印にふさわしい印文を撰文すること。
章法は布置、構成の意味で疎蜜感、緊張感を配慮しながら印面をまとめる。
刀法は印刀の使い方。

具体的には、
まず印材の大きさに合わせたデザインをし「印稿」を作ります。私はこのデッサン、デザインのプロセスが大好きです。文字や言葉の世界に遊びながら、古代に時空を遡(さかのぼ)るような感覚です。

次に、その「印稿」のリバースイメージを紙やすりなどで磨いて整えた印面に朱墨と墨を使って筆で「布字」します。
この作業にしっかり時間をかけることで印刀で刻すプロセスの確固とした基盤ができます。

そして印刀を使い石を刻していきます。補刀を加えながらデザインを完成させていきます。

線と線との関係、文字と余白のバランス、一本の線の中にも二つのエッジの表情を違える、敢えて外殻を砕いて印の外側の白のエネルギーを印の中に取り込む、自然な欠けやつぶれ、揺れで古趣を醸し出す・・・まさに「方寸の世界に宇宙を取り込む」面白さです。


▲遊

「實」

散氏盤は故宮博物館所蔵の西周晩期の青銅器です。青銅器の盤面に刻された文字には西周時代(紀元前1100年頃〜紀元前771年)の人々の暮らしぶりや、自然の景色、そして古代人の知恵を彷彿(ほうふつ)とさせる太古の風情、根源的な力強さを感じます。
その散氏盤の文字の趣(おもむき)で白文の印「實」を刻しました。屋根の下に田の実りと海の実りの貝を形取ったのが「實」の字源です。古代人の発想のゆたかさ、センスのよさには感服します。
素朴で朴訥(ぼくとつ)とした刀法で空間の構成をあえて非対称にし、動きを感じさせる作品に仕上げました。


▲散氏盤/實

「旅人」

朱文で刻した「旅人」の印は枠のデザインに配慮をしました。印面の中に、砂漠を旅する隊商の一行や、風の中を歩く旅人の姿、道なき道を一歩一歩踏みしめて歩く古代の旅人・・・いろいろな景色を思い浮かべながら刀を入れていきました。
「旅」「人」という文字自体の造形には古代文字ならではの迫力があり時の経つのを忘れてこの印を刻しました。


▲旅人

私の雅号は匂蘭(くらん)です。その雅号を朱文と白文で刻したものが冒頭の写真です。
五年に一度、東京有楽町マリオン朝日ギャラリーで開催される封山印會展覧会の出品作品です。
同じ文面でも全く違う印象の二顆(か)に仕上げました。この作品のフォーカスは、直線と曲線の対比、一本一本の線の表情、そして石の内の空間と石の外の広がりとの接点でした。

筆と紙と墨の書の世界とは少し違う、刀と石と朱の篆刻の世界は、コツコツコツと石を刻し、古代の人々の心や、悠久の時の流れにふれるような、実に風雅な方寸の世界です。

【編集部より】「書家・前田典子エッセー」シリーズ、「第1回 紙に筆と墨で書く『書』の概念を払拭」から「第5回 日本書道公募展 in Canada」までの記事は、アーカイブの「アートエッセー・前田典子の『書』談義」をご覧ください。トップページ「今週のトピックス・目次」の下の「過去のトピックスはアーカイブをご覧ください」をクリックすると見られます。

(2016年9月1日号)



 
 


 
 
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