「日本カーリングの父」ウォーリー・ウルスリアック氏
アルバータの自宅火災で思い出の品々を焼失
北海道のジュニアカーリングチームが写真・盾など贈る


 「日本カーリングの父」と呼ばれるウォーリー・ウルスリアック氏が、昨年暮れ、アルバータ州の自宅の火災で思い出の品々を焼失したが、このことを知った北海道のジュニアカーリングチームが、道内に残っているウルスリアック氏の写真、盾(たて)などを集め、カルガリーで同氏に手渡した。


▲ウォーリー・ウルスリアック氏

 1980年(昭和55年)、北海道とアルバータ州の姉妹提携が結ばれ、そのスポーツ交流の一環として道内各地でカーリングの講習会が開かれた。アルバータ州は元世界チャンピオンのウォーリー・ウルスリアック氏(87歳=アルバータ州スタージョン郡在住)を講師として北海道に派遣し、以来、カーリングという競技が日本に普及した。
 カーリングは1980年以前に日本に伝えられていたが、一時完全に廃(すた)れていたものを近代競技スポーツとして改めて普及させたのがウルスリアック氏で、彼の功績となっている。


▲北海道カーリング協会ジュニアチームからウルスリアック氏に記念品贈呈


▲ウルスリアック氏(後列左から4人目)とトロフィーを囲んで、ジュニアチームのメンバーたち(後列左から3人目は田辺邦彦カルガリー総領事)

 昨年12月29日、アルバータ州内のウルスリアック氏の自宅が火事で全焼し、世界チャンピオン時代や北海道で指導にあたった期間の思い出の品々がすべて自宅と共に焼失してしまった。このことを知った北海道カーリング協会が、道内に残っているウルスリアック氏の写真などの記念品を集め、カルガリー市で行われたジュニアチームの合宿(9月5日〜13日)に持参した。

 これに合わせて在カルガリー日本総領事館が総領事公邸でセレモニーを開催、ウルスリアック氏の写真や盾などを同氏に直接手渡した。ウルスリアック氏側からは焼失を免れた1964年のインターナショナルトーナメントの優勝トロフィーがジュニアチームに贈呈された。

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 9月6日(日本時間9月7日)、北海道カーリング協会ジュニアチームのメンバー10人とウルスリアック氏、そのほかカーリング関係者やアルバータ州スポーツ関係者ら計約60名が招待され、田辺邦彦・在カルガリー日本総領事公邸で上記記念品の相互贈呈セレモニーが行われた。


▲挨拶をする田辺邦彦カルガリー総領事


▲田辺総領事のスピーチに耳を傾ける北海道カーリング協会ジュニアチームのメンバーたち

 冒頭で、田辺総領事は「ウルスリアック氏のカーリングを通じた日加友好関係の促進に対し深い謝意を表するとともに、リオ五輪の興奮もさめやらぬ中ではあるが、2020年の東京オリンピックを見据え、スポーツを通じて国際交流がさらに活発になることを期待したい」と挨拶した。

 ウルスリアック氏は「生涯を通じてカーリングの普及に努めてきたが、この子たちはまさに将来の日本カーリングを背負って立つ存在。これからの活躍を楽しみにしている」と述べた。


▲レセプションでの記念撮影

 写真や盾、カーリングのオブジェなどの記念品をウルスリアック氏に手渡した男子ジュニアチームの相田晃輔さん(17歳)は「自分がカーリングを始めた常呂(ところ)のカーリングホールにはウォーリーさんの写真が飾ってあり、ずっと憧(あこが)れの存在でした。今日直接会って話ができて感激しています。将来はウォーリーさんのような選手になりたい」と話した。相田さんは北海道北見市在住、常呂高校、北見カーリング協会に所属、2016年ユースオリンピック日本代表。

 女子ジュニアチームの松澤弥子さん(17歳)は「今年2月にノルウェーでユースオリンピックに出たときも言葉や文化を超えて世界のいろいろな国の選手とカーリングを通じて交流することができました。競技カーリングが日本に伝えられていなければできなかった経験で、改めてウォーリーさんに感謝したい」と語った。松澤さんは、名寄(なよろ)市在住、名寄高校、名寄カーリング協会に所属、2016年ユースオリンピック日本代表である。

〈 情報と写真提供=在カルガリー日本総領事館 〉

(2016年9月22日号)



 



 
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