キューバの日本語教育普及めざし
ハバナ大学外国語学部でオンライン授業指導
ヨーク大学・太田徳夫氏


〈 取材・色本信夫 〉

 先週の9月22日(木)、安倍晋三首相は日本の総理大臣として初めてカリブ海の島国キューバを訪問。フィデル・カストロ前キューバ国家評議会議長(90歳)、ラウル・カストロ国家評議会議長(フィデル氏の弟)と会見するなど、日本とキューバの関係は緊密化していく情勢となってきた。
 周知の通り、キューバには、昨年7月、オバマ米大統領が訪問し、半世紀余にわたる米国との国交断絶に終止符を打っている。


▲ヨーク大学日本研究科・韓国研究科の太田徳夫主任

 こうした国際情勢の動きのなか、トロントのヨーク大学で長年にわたり教鞭を執っている 太田徳夫(おおた・のりお)氏は、日本語教育を通じてカナダとキューバとの関係発展におおいに期待を寄せている。キューバ問題に詳しい太田氏にお話をうかがった。

 太田徳夫氏は、ヨーク大学日本研究科・韓国研究科主任。ヨーク大学で日本語教育に携わる一方で、2004年から2014年にかけて約10年間、キューバのハバナ大学外国語学部で日本語教育に関する授業、さらに日本語指導者の養成にかかわってきた。ハバナ大学はカリブ海の名門校といわれている。

 なぜ、キューバの大学と? きっかけはこうだ。
 2004年、当時、ハバナ大学外国語学部の学部長だったヒルベルト・ディアス・サントス教授(Prof. Gilberto Diaz-Santos)がカナダを訪問、ヨーク大学を視察した。ヨーク大学ではコンピューター、インターネットなどITテクノロジーを駆使したオンライン教授法を採用していて、ディアス・サントス教授は主任・太田氏の授業に大きな感銘を受けた。

 オンライン授業とは、学生は会話/音声など、24時間、いつでも、どこでも勉強することが可能、教室のみならず自宅でも学べる方式である。太田氏はこれをディアス・サントス教授に説明すると、たいへん気に入って「ハバナ大学に来ていただけないか」とお呼びがかかった。ヨーク大学側からの了承を得て、トントン拍子にことが運び、その年(2004年)の12月、冬休みに2週間の研修ということで、太田氏はハバナ大学を訪れた。


▲(右から)ハバナ大学外国語学部のヒルベルト・ディアス・サントス教授(学部長)、ヨーク大学の太田徳夫氏、マジェリン・ゴンザレス(ハバナ大学)副学部長


▲ハバナ大学で日本語教育に携わる教師たちと歓談する太田氏(右端)

「ハバナ大学では大学の教授や学科指導者ら80人以上が出席してくれました。ビデオ授業方式により遠隔教室でスクリーンに映写して授業を行うカナダの例を説明したのですが、キューバではまだインターネットが使えない時代でした。なにしろ大学では30台あるコンピューターのうち、使えるのは5〜6台しかなかったのです」と太田氏。

 翌年、ディアス・サントス氏からITを利用した外国語教育に興味を持つ少数の教員を指導してほしいという要請を受け、数人の教員に対して集中指導を行った。「せっかく日本語科の先生がカナダから来てくれるのだから、ハバナ大学の日本語科で教える人のための教員研修をすべきだ」と、次の年からは、太田氏に定期的に指導を要請。日本語科の教員に対して特訓を開始した。

 当時、ハバナ大学では、日本語は第三外国語だったが、それを第二外国語にしようということになった。以後、8年間にわたり毎回2〜3週間、太田氏はハバナ大学に招待され、日本語・日本語言語学・歴史と文化・翻訳と通訳・古典日本語教授法を指導した。

○    ○    ○

 何度もキューバを訪れてきた太田氏は、この社会主義国家の実情を詳しく見てきた。そこで、いちばん大変だと感じたのは、貧困。
「貧しさが最悪だと思いました。法律により、住宅、自動車などは自由に売買ができない。だから、人々は古い車を修理しながら何十年も乗っている状態です」


▲キューバの道路を走る車 


▲古い車を修理しながら何十年も乗っている

 住宅事情のひどさの一例として、次のような話をしてくれた。
 大学の女性英語教師が離婚して、連れ子(男子)を連れてジャーナリストの男性と再婚した。2人目の子供(女子)が生まれたが、その後、ジャーナリスト男性と離婚。この家は2寝室で、一つの部屋は連れ子の息子が結婚して夫婦で住んでいる。もう一つの部屋は彼女と娘が住む。離婚したジャーナリスト男性は居間のソファに寝ている。

 「彼女は家を買うことができないので、ほかに移れない。離婚した相手と、毎日、顔を合わせなくてはならないのは大変だと思いますが、これなど、まだ良いほうです。1軒の家に8人ぐらい住んでいる例は、いっぱいあります。住宅事情はひどいものです」


▲ハバナの住宅街風景


▲公園を散歩するキューバ人家族 

 給料が安いのも、問題だ。たとえば、大学の学部長の給料は(2004年当時)月給にして30〜35ドル(US)だという。物価では、歯みがきチューブが1本1ドル50セント(US)というから、その厳しさが想像できよう。

「キューバは医療費と教育費は無料です。しかし日常生活の必需品などは不足している。そういう意味で、市民の生活は苦しいと言わざるを得ないでしょう。ただ、キューバの良い点を挙げると、貧富の差が少ないことです。極端な大金持ちはいないように見えます」

 キューバでは、フィデル・カストロ、チェ・ゲバラらを中心とした革命軍が武装解放闘争を展開した結果、1959年、米国の影響が強かったバティスタ政権を打倒し、社会主義国家となった。あれから、半世紀以上もの時が流れた。この社会主義革命は、現在、どのように評価されているのだろうか。

「革命を評価するのは中年・老年層に多い。これに対して経験のない若者層は、それは過去のことだと考えているようです。革命は政治的には成功したと言えても、経済政策では失敗したと言えるでしょう」


▲ハバナ市内で見かけたポスター「Revolucion」。キューバ革命の意義を説くカストロのメッセージと顔写真


▲ハバナの革命広場、内務省の壁に描かれたチェ・ゲバラの肖像 

 米国は、1961年、社会主義国家キューバと国交断絶。これによって経済的窮地に陥ったキューバはソ連や東ドイツなど東側諸国から事実上の経済的支援を受けて窮地をしのいだ。米ソの冷戦時代は、これでなんとか切り抜けてきた。しかし、1991年にソ連が崩壊。それまでは東欧圏から物資が届いていたが、ソ連崩壊後、ロシアは経済的困難に陥り、キューバには何も来なくなった。芋(いも)の葉っぱを食べて飢えをしのいだ国民も多かったという。

 「ディアス・サントス教授は、確かに米国の経済封鎖が大きな要因であるが、問題は他国からの援助に慣れっこになってしまったキューバ人の側にあると言うのです。今後、自由主義経済化の方向に進もうとするキューバでは、ビジネスを立ち上げる起業家を増やす計画があり、ラウル政権は彼らを援助すると言っています。ただ、長年の社会主義政治の影響で、いかに起業していくか、ノウハウを知らない人が多すぎるというのが実情です」

○    ○    ○

 ここで、キューバ人の気質について、太田氏にうかがうと、キューバ人は明るくて、根が陽気。親しみ深く、真面目に生きていて、もてなしの気持ちが旺盛だとして、「私はキューバ人が好きです」という答えが返ってきた。


▲軽快なキューバ音楽を演奏するバンド

 フィデル・カストロ氏の高齢化に伴い、2008年国家評議会議長に就任したフィデル氏の弟、ラウル氏は今年85歳。彼ももうすぐトップの座を退くと公言している。

「すでに実権はラウルの代わりにカストロ・ファミリーとは血縁関係のない若手の指導者によって握られています。アメリカとの国交が回復されて、今後アメリカの文化がどっとキューバに入ってくることになる。年配の人たちは苦々しく感じるでしょう。文化や政治制度の意見の違いで国の内部が険悪な状況になり、下手をすれば内戦が起きるかも知れません。キューバが模範にする国はないように見えますが、私は、社会民主主義の国といわれる北欧のフィンランドを模範にするといいと考えます。フィンランドでは資本主義を社会主義でコントロールしています。これがうまく行っているのが北欧です」

○    ○    ○

 カナダとキューバの関係を太田氏にうかがってみた。
「キューバ政府はカナダに対して、たいへん友好的です。ですから、昨年の米国との国交回復の前にもっとカナダの地盤を築いておいてほしかった。ところが、カナダは経済的、技術的な面でキューバに積極的に乗り込んで行っていない。あまり注目していなかったということでしょうか。それが私にはもったいないと思われました。もう一つ。現在、カナダドル安の問題があります。このカナダドル安をもとにキューバとの貿易を振興する機会ととらえて、プラス志向で生かしていくといいのではないかと考えます」

 太田氏がハバナ市内の道路を歩いていて、よく「チノ(中国人)か?」と声をかけられるという。「私はハポネス(日本人)です」と言うと、「日本人、ナンバーワン!」とほめてくれるそうだ。話を聞くと、日本のインフラ、医療器具、教育、住宅など、そのテクノロジーの優秀性をよく知っているという。

「私は、インターネットを使って日本語教育をキューバ全国に広められたらいいと思っています。方法としては、ヨーク大学を本拠地にして、サテライト方式でハバナ大学に送信し、そこからキューバ国内の大学・学校に配信する方式です。このようにして、できるだけ多くのキューバ人に日本語を普及させたい」

 太田氏の夢はどんどん広がっていく。

【編集部より】記事の写真は太田徳夫氏から提供していただきました。

(2016年9月29日号)



 
 


 
 
(c)e-Nikka all rights reserved