相続法の基礎知識(オンタリオ州編)(その25)
こんな遺言書は要注意


〈オンタリオ州弁護士・スミス希美(のぞみ)〉

 遺言書は、あなたが長年にわたって築いた財産を誰にどのように遺(のこ)すかについて決める文書であり、あなたの希望を家族に伝える最後の手段となります。そして、遺言書は、単なる手紙とは異なり、あなたの財産処分を可能にする、強力な法的効力を持つ文書です。  

 生前に自分の財産を自由に処分できるのと同様に、遺言を通して死後の財産も自分の希望に即して自由に処分することを可能にする「遺言(いごん)の自由」(Testamentary Freedom)がカナダでも保障されています。しかし、遺言の自由は無制限ではなく、一定の制約がともないます。

 今回は、もめやすい遺言書についてお話します。




遺されるべき人に遺されていない遺言書
 遺言書は、通常、家族関係に考慮しながら作成されます。オンタリオ州には、日本のように配偶者と子供に一定の相続分を残すべき、という遺留分の考え方はありません。しかし、通常、遺すべき相手と自然に考えられる配偶者や、未成年の子供および扶養義務のある子供に遺産を残さない場合は、十分に注意が必要です。

 本欄第14回(http://www.e-nikka.ca/Contents/151119/topics_03.php)では、夫婦間で遺しあう義務があるかについてお話しました。もし、配偶者に遺産が一切残されていない場合は、死別に伴う家族法上の財産分与権を行使される可能性があるので、注意が必要です。ただ、遺産が残されていなくても、生命保険や、共有財産、RSPなど別の形で、死後に十分な財産が残った場合は、財産分与の権利を行使する必要がないこともあります。

 また、未成年の子供、もしくは成年であっても、大学生など教育を受けている子供や障害を持つ子供など扶養者として何も残されていない場合は、亡くなった遺言者の扶養義務が死後も継続しているとみなされることから、扶養者手当ての請求(Dependant’s Support)を申し立てられる可能性があります。




遺さない動機が問題になる遺言書
 親子関係の悪化や破綻(はたん)は、遺言書の中で、子供に遺産を相続させないと決める大きな理由となります。もし、その子供への「遺さない理由」が、カナダという国が推進する価値観に反するものだとどうでしょうか。

 2015年1月、オンタリオ州下級裁判所は、ジャマイカ系カナダ人の父親が、白人男性と結婚した娘に対して、遺言書で遺産を一切残さなかった「動機」が人種差別に基づいており、公共政策(Public Policy)に反することを理由に、遺言書を無効にしました。そして、今年の3月。オンタリオ州上級裁判所は、この判決を覆し、遺言者の「遺言の自由」を尊重するとして、この遺言書を有効であるという判決を下し、カナダのメディアでも注目を集めました。

 このように、遺さないことを明確にした遺言書の書面だけではなく、なぜ遺さないかについて、人種や宗教など、カナダが尊重する価値観に反するものであれば、もめるかもしれないという注意を喚起したものといえます。 




相続人に問題がある遺言書
 遺言書で遺産を遺す相手が、カナダが尊重する価値に反するものであると、もめる可能性があります。

 昨年の夏、ニューブランズウィック州上級裁判所は、遺言書で25万ドル相当のコインコレクションを含む遺産の一部をアメリカのネオナチ団体に遺すとした遺言書について、公共政策に反するという理由で、この遺贈を無効とした同州下級裁判所の判決を確定しました。このように、遺言の自由は、遺す相手によっては、実現されないことがあります。

 そのほか、極端なものでは、遺言者を殺害した相続人、テロリスト団体が受遺者の場合など、犯罪人への遺産は、裁判所がその相続・遺贈を無効にしています。




遺す条件が問題の遺言書
 遺言の自由ゆえ、遺産を相続人に残すことにさまざまな条件を付ける人もいます。遺言書の中で、次のような条件を付けて遺産を残すことは可能でしょうか。

「私の娘が日本人の夫と結婚したら、遺産を残す」
「私の息子が仏教以外の宗教に改宗したら相続させない」
「私の娘が一生独身で私と同居していれば、遺産の一部を遺す」

 実は、これらの条件は、過去にカナダの裁判所で無効であると認められた条件の例です。遺産相続にこのような条件をつけたいという親の心理は、古今東西、存在するようです。しかし、遺言の自由は、相続人の結婚の自由や宗教の自由を奪うような条件は、公共政策に反するとして、無効になる可能性が高くなります。




 このように、遺言の自由が保障されていようとも、遺言書に書かれた希望はすべて実現するとは限りません。専門家の助言の下、法的制約に十分注意することが必要です。

【おことわり】
このコラムを通して提供した情報は、一般的及び教育的な目的として提供された情報であり、著者及びパレット・ヴァロ法律事務所による読者個人への法的意見又は見解を示すものではありません。特定の事実関係につき法的助言を含む専門的助言を必要とする方は、ご自身の弁護士・会計士等の専門家へ直接ご相談ください。また、カナダの遺産相続に関する法律は州によって異なりますので、当コラムで提供する情報はオンタリオ州の法律に限られていることをご了承ください。


▲スミス希美(のぞみ)弁護士
【著者略歴】
スミス希美(のぞみ):福岡県出身。中央大学法学部を卒業後、トロント大学ロースクールに留学し、ジュリス・ドクター及び法学修士号を取得。その後、2010年にオンタリオ州の弁護士資格を得る。現在、ミシサウガ市の Pallett Valo LLP 法律事務所で、遺産相続・信託法を専門に活躍中。遺言書、委任状などのエステートプラニングや遺産相続の手続きに関する相談などを取り扱う。
著者への連絡は、下記まで。
電話:905-273-3022 (内線: 258)
または、 Email : zsmith@pallettvalo.com



【編集部より】「知っておきたい相続法の基礎知識」シリーズ、「第1回 なぜ遺言書が必要か?」から「 第24回 あなたが残した『物』も遺産の一部です」までの記事は、アーカイブの「相続法の基礎知識」をご覧ください。トップページ「今週のトピックス・目次」の下の「過去のトピックスはアーカイブをご覧ください」をクリックすると見られます。

(2016年10月20 日号)



 
 


 
 
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