「駆け込み寺」から10年
国際離婚女性たちのグループ立ち上げる


〈 トロント市 野口ひろみ 〉

▲野口ひろみさん ▲野口ひろみ著「離婚駆け込み寺」の表紙


国際離婚コラム
 「離婚駆け込み寺」という題名に聞き覚えのある方がいらっしゃるだろうか。もしそうなら、あなたのカナダ在住歴は少なくとも10年になる。「離婚駆け込み寺〜住職からのメッセージ」は、2002年11月から6年間にわたり日加タイムス紙上に連載された離婚コラムだ。

 カナダ式離婚手引き書として始まった連載は、次第にシングル・ペアレントの子育てやひとり親の視点でとらえた日常などをつづるコラムとして読者に親しまれ、(紙媒体の)日加タイムスの終刊と共に卒業を迎えた。

 「あの・・・すいません・・・と、ためらいがちに声をかけてくる女性は皆、日本人以外の配偶者との離婚問題で悩んでいると言う」で始まる初回「離婚駆け込み寺」は、当時まだ国際離婚という言葉が定着していなかったことを物語っている。

 1991年に国際結婚でカナダに移住した私は、7年後、幼い子供二人を連れて離婚した。日本の離婚と大きく異なるカナダの離婚法律、離婚弁護士との付き合い方、親権や養育費、さらに養育費の取り立て方などをテーマにした国際離婚コラムはやがて、離婚という悲しい体験から立ち直るための心の体験記へと移行した。

 「離婚とは婚姻関係を解消することのみならず、今まで描いてきた未来と決別するということだ。ひとつの夢の死、ある未来の消滅、それは取りも直さず、新しい夢の誕生なのだ。けれどもそれは、けっして希望に満ち溢れた楽しいものではない」と始まる「心の体験記」で、私は、思い描いてきた未来の死をいたみ、未知の未来に対する不安におびえた体験を描いた。そして、カウンセリングや友情などを通して築いたサポートシステムに助けられたと語っている。

離婚と子育て
  2007年、私は「離婚駆け込み寺 住職からのメッセージ」と題する本を出した。静岡新聞社から出版された新書版である。今、読み返してみると「離婚駆け込み寺」のテーマは「幸せな結婚生活の応援歌」であったことがわかる。だが、一方で「ひとりで家庭を持つ」ことの居心地の良さを「こだわりのシングル・ペアレント」と表現している。

 また「離婚が子供に与える影響」の項では、「親にできる唯一のことは、いつどんな時も子供の応援団長であることだ」と子育て論を展開している。
 「子供にとって最も大切なことは、親の大丈夫な姿を見て育つことだ。親が常にポジティブな姿勢を保っていれば、子供は両親の離婚という最大の不幸さえ乗り切ることができる。自分に自信のある親は、子供を安心させ、安定させる」からは、私自身の子育てに対する覚悟が読み取れる。このころ、私の子供たちはまだ小学生だった。

 離婚後、それまで一時たりとも離れることのなかった子供たちのいない時間は、私の離婚体験の中でもっともつらいものだった。「子供の中に、自分の登場しない記憶が増えてゆくことに焦りを感じ、それが父親との共有の思い出であることに嫉妬した」に凝縮された私の思いは、修士研究「国際離婚とハーグ条約」につながって行った。

修士論文「国際離婚とハーグ条約」
 日加タイムスがオンライン新聞 e-nikka になったのと時を同じくして、私は大学に入学した。子供たちが、ハイスクールに上がる前後のことだった。この時点で私のシングル・ペアレント歴はすでに10年に達していた。

 大学で社会福祉学と心理学を学んだ後、たどり着いたのは、研究者として国際離婚と向き合うことだった。2年間の修士課程を終え「国際離婚とハーグ条約」をテーマとした修士論文が完成した2014年、末の娘が高校を卒業した。そして6年に及ぶ私の学生生活も(ひとまず)終了した。

 2014年夏、私はトロントに住む国際離婚を経験した女性らと知り合った。そして秋、この女性たちのパワーは、日本人家族のネットワーク、FTF主催のワークショップ「ハーグ条約ってなに?」を成功させた。そして2015年春、国際離婚を経験した女性のコミュニティーグループ、APJWが立ち上げられた。

NPO法人 APJW
 2015年10月25日、日本人移住者女性の離婚後の生活を応援するピアサポート団体としてAPJWはオンタリオ州の非営利団体の承認を受けた。APJWとは、正式登録名 Association of Post-divorce Japanese Women の頭文字だ。NPO登録名には数々の制限があり、命名には思いのほか苦労した。

 さて、APJWの最大の目標は、離婚女性たちのコミュニティーづくりだ。APJWの P はPost-divorceの P、つまり「離婚後の人生を思いっきり楽しむために何ができるか?」を皆で一緒に探すのがNPO法人 APJW の使命だ。

 APJWの主な活動は、リーガル・インフォメーションの提供とシングル・ペアレントの交流だ。毎月開催する勉強会や交流会に加え、2015年10月には「女性と子どもの権利を考える討論会」と題した一般公開のパネルディスカッションも行った。
 2016年1月には、オフィシャルサイト(apjw.info)も完成し、問い合わせフォームから入会申し込みなど、APJW へ直接コンタクトすることが可能となった。また春には、日本総領事館への表敬訪問も行った。

日本人の国際離婚をサポート
 APJW の活動の要(かなめ)である月例勉強会で、今年もっとも人気が高かったのは、4歳の時両親が国際離婚したため、二つの「我が家」を行き来しながら育った日系女性(23歳)をゲストスピーカーに迎え「共同親権」の実態を学ぶ勉強会だった。

 参加者からは「国際離婚を子の視点から眺めることで、国際離婚に対するイメージが変わった」「子供の柔軟性と物事を見極める力に感動した」などの感想が寄せられた。さらに「親の離婚を経験した子どもの本音が聞けたことで、不安が半減した」と語ってくれた女性もいた。

 このように、子供を持つ者にとって、離婚に瀕したときの最大の関心事は子供だ。だが面白いことに、離婚当時、私が心を砕いた子供と一緒にいられない時間が、子供との時間をより充実したものにしてくれた。子供が父親と過ごしている時間に仕事や用事を済ませることができたため、子どもと居られる時は、100%子供のために費やすことができたのだ。

 また、私の6年間に及ぶフルタイムでの学生生活も、自分だけの時間がなければ実現しなかっただろう。現在、私は、再度大学に戻り法律を学んでいる。来春、パラリーガル・ライセンス試験に合格すれば、日本語を母国語とする法の専門家として(限られた範囲ではあるが)オンタリオの法廷に立つことができるようになる。また、ファミリーロー・ミディエーターの資格取得も予定しており、近い将来、日本人のオンタリオでの離婚をさらに別の角度からサポートできることを楽しみにしている。

駆け込み寺から10年
 「十年ひと昔」と言うが、私の10年を培ったのは、離婚という一見ネガティブなテーマのコラムを連載してくれた日加タイムスだ。自分を表現できる機会を与えられたことが、経験に知識をプラスする喜び、さらに仲間とつながることの楽しさを知るきっかけとなった。

 e-nikka とのお別れを間近に控え、私はこれまでの10年を振り返り、これからの10年に思いを馳せた。私に活字という媒体の力強さを教え、移住者としての生き方を示唆してくれた編集者の皆さん・・・ありがとう、ございました。

(2016年10月27日号)



 



 
(c)e-Nikka all rights reserved