前田典子の「書」談義(第8回)
大きい書、小さい書


「書」というと半紙に書かれた文字が一般的です。
今、私はいろいろな書を取り入れたプロジェクトに関わっていますが、既成概念を飛び出した大きな作品を何点も揮毫(きごう)しました。
作品を仕立てる場合、大きな作品はその大きさ自体にインパクトがあり、作品の迫力、印象を大いに演出してくれます。







幅4.5メートル、高さ2メートルのパティオの壁一面に「樹」という文字を書きました。建築用コンクリートパネルにペンキを使った書です。
大きなメープルツリーに対峙(たいじ)する壁なので、太い幹と対話ができる太さの線と、森の木々のイメージを込めた書風で書き上げました。
室内に飾る和紙で書く場合とは、全く発想を異にした新しい展開の書です。





fluxible

9月末に行われたあるカンファレンスでの1シーンです。
古代から続く書の未来への展望に関してのスピーチの一場面ですが、円相の書を10点、ステージ背景のスクリーンに継続的に投影しました。
書の大きさとモノトーンの静かさが効果的で聴衆が200人ほどのホールでメディテーションのようなモーメントを作り出してくれました。





モデルルーム

今、日本ではマンションを一棟丸ごとリノベーションし、ライフスタイルを含めた提案をするプロジェクトが増えてきました。
例えば、生活の中にアーティスティックな要素を取り入れる、和風なアレンジメントを生活様式の中に取り入れる、など。
上の写真はエントランスに幅各1メートルの扉4枚を書で仕立て、その扉の内側を収納として生かすという一例です。
「日月無私照」という古語を古代文字で抽象的にアレンジしました。スペースに個性を持たせ、かつ機能をプラスしたアイデアです。







大きなステージばかりでなく、小さなスペースだからこそ、味わいのある作品になることもあります。
多年草のケナフという植物で作られたハガキに書いた「月」という文字は、小さなサイズにもかかわらず、眺めていると、夜空の広がり、月の輝きを思わせる作品になりました。





紀貫之

11世紀中頃の書、紀貫之筆と伝えられる寸松庵色紙は約13センチ四方の料紙の小世界に絶妙な書風が展開されている仮名の銘品です。
元々は古今和歌集を1頁に1首書いた冊子本が散逸し、そのうちの12枚が京都大徳寺の塔頭にある茶室寸松庵に収蔵されていたため、この名があります。
筆の流れ、余白の妙が小さな料紙を大きな宇宙のように感じさせてくれるのは、書家紀貫之の技量と言えます。





はなののののはな

寸松庵色紙と同じサイズの13センチ四方の紙に、谷川俊太郎の詩を書いてみました。「はなの」のひらがな3文字がなんども繰り返されるリズミカルな楽しい詩です。
ひらがながぶつかり合って弾けるような、おしくらまんじゅうをしているような、そんな遊び心で書きました。
寸松庵色紙と同じサイズの小さなスペースですが、平安時代の流麗、典雅な書とは全く趣の違う、21世紀の近代詩文体の書です。







「象」の古代文字を一辺が8ミリの石に刻しました。
「象」の古代文字は動物の形から作られていますが、現象、象徴、印象など「形」としての意味を大きな象になぞらえて含んでいます。
この篆刻印は大きな象のイメージを小さな石の中に凝縮して再現する挑戦でした。
私が今までに制作した書・篆刻(てんこく)の作品の中で、この8ミリ四方の「象」は一番小さい作品です。

【編集部より】「書家・前田典子エッセー」シリーズ、「第1回 紙に筆と墨で書く『書』の概念を払拭」から「第7回 用の美」までの記事は、アーカイブの「アートエッセー・前田典子の『書』談義」をご覧ください。トップページ「今週のトピックス・目次」の下の「過去のトピックスはアーカイブをご覧ください」をクリックすると見られます。

(2016年11月3日号)



 
 


 
 
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