相続法の基礎知識(オンタリオ州編)(その26)
遺産の遺(のこ)し方を考える〜遺言信託の活用


〈オンタリオ州弁護士・スミス希美(のぞみ)〉

 遺言書を作る利点の一つは、自分の財産を遺す相手を決めることができるということですが、読者の皆さんの中にも、遺した後の遺産の行方を心配する方もいらっしゃるでしょう。そこで、今回は、遺産をどう遺すかに焦点を置き、「遺し方」を決める際に使われる「遺言信託」(いごんしんたく:Testamentary Trusts)についてお話します。

 遺言信託とは、遺言によって信託(Trust)を設立することを指し、遺言者が死亡したときに、遺言書と同時に、信託も効力を発します。遺言信託では、遺産の一部の財産を特定の人(Beneficiary)と目的のために、一定の期間、遺言執行人などの受託者(Trustee)によって管理・運用されることになります。よく利用される遺言信託は以下のとおりです。

子供や孫のための信託 (Trusts for Children and Grandchildren)
 遺言書の中で最も一般的に設立される信託として、子供や孫のための信託があります。オンタリオ州では、18歳未満の未成年の相続人は、法的能力を有しないため、遺産を受け取ることができないことから、成年に達するまで、その相続人の相続分を信託に入れて、遺言執行人によって管理・運用されます。

 ただ、この18歳という年齢が、大金を手にするには若すぎるという理由で、多くの人が21歳や25歳など、お金の感覚が少し身についているだろうと思われる年齢を遺産を最終的に渡す年齢として設定し、遺言信託を設立します。ただ、最終的な遺産分配の年齢にいたるまで、学費や生活費など、必要経費は信託財産から支払うことができる、と信託の内容を柔軟に設定することができます。




 また、子供の相続分を信託で管理し、一定の年齢に達するごとに、段階的分配を行うという方法や、教育資金専用の教育信託なども用いられます。そのほか、最近では、高齢の両親のための両親信託も増えてきました。

配偶者信託 (Spousal trust)
 配偶者信託は、残された夫や妻が、生存する間は、遺言者の死後も安定した生活を送れるように、信託財産を運用して得られる収益を受け取り、残された配偶者が亡くなった際に、信託財産を指名する相続人の間で分配するというものです。

 この信託は、パートナーとの再婚により、前の結婚からの子供たち、そして再婚したパートナーという遺したい相手の家族関係が複雑なときに使われます。配偶者信託によって、遺言者の遺産が、残された配偶者にすべて渡されず、残されたパートナーの生存中は、生存中に遺産の恩恵を受け、残されたパートナーが亡くなった際に、前妻・夫との間にできた子供たちの間で、遺産を分け合うということが可能になります。




障害者信託 (通称 Henson Trust)
 本欄第10回でお話したように(http://www.e-nikka.ca/Contents/150723/topics_02.php)、オンタリオ州では、障害者支援手当(Ontario Disability Support Program、通称「ODSP」)を受給中の相続人が、遺産を相続した場合、限度を超える収入を得たとみなされ、障害者支援手当が打ち切られることがあります。このような事態を防ぐために遺言書の中で設立されるのが、障害者信託とよばれ、オンタリオ州では、ヘンソン・トラスト(Henson Trust)として知られています。

 障害者信託では、遺言執行人が遺産の一部を信託財産として管理し、相続財産の中から、障害者支援手当てを受け取る相続人のために、一定額までの現金を支払い、その他、相続人のためになるお金の使い方(必要な物品やサービスの購入など)をすることが許されています。




自宅信託(House Trust)
 配偶者信託と同様に、遺言者が再婚していたり、第二のコモンローパートナーがいる場合に使われるのが、自宅信託と呼ばれるものです。これは、現在の自宅の名義が、遺言者の名前のみになっており、その所有者の死後、所有権を持たない者は、遺言書の中で何らかの対応をしていない限り、残されたパートナーは、基本的にこの家に住み続けることができません。

 そこで、残されたパートナーが、遺言者の自宅に住む権利与えるために、自宅サイン宅を設立します。残された自宅は、通常、遺言執行人が管理し、残されたパートナーがその家に住めなくなった、住みたくなくなった、もしくは死亡した時点で、信託を終了し、家を売ってそのお金を指定する相続人の間で分配することができます。詳しくは、本欄第9回をご覧ください(http://www.e-nikka.ca/Contents/150618/topics_03.php)。




遺言信託のメリット・デメリット
 遺産を相続人に直接すべてを分配するという方法(Outright Distribution)に対し、遺言信託の大きなメリットとしては、遺産の行方に遺言者の希望がある程度反映されるということです。また、遺言信託を用いることで、複雑な家族関係から生じる紛争を予防することもできます。

 一方、デメリットとしては、信託が終了しない限り、遺産の処分が終わらないことになるため、遺産管理が長期化する、また、信託管理にかかる費用(税金等)がかかることがあげられます。遺言信託の設立が、あなたの事情に適しているか否かを検討する際には、専門の弁護士・会計士のアドバイスを受ける必要があります。




【おことわり】
このコラムを通して提供した情報は、一般的及び教育的な目的として提供された情報であり、著者及びパレット・ヴァロ法律事務所による読者個人への法的意見又は見解を示すものではありません。特定の事実関係につき法的助言を含む専門的助言を必要とする方は、ご自身の弁護士・会計士等の専門家へ直接ご相談ください。また、カナダの遺産相続に関する法律は州によって異なりますので、当コラムで提供する情報はオンタリオ州の法律に限られていることをご了承ください。


▲スミス希美弁護士
【著者略歴】
スミス希美(のぞみ):福岡県出身。中央大学法学部を卒業後、トロント大学ロースクールに留学し、ジュリス・ドクター及び法学修士号を取得。その後、2010年にオンタリオ州の弁護士資格を得る。現在、ミシサガ市の Pallett Valo LLP 法律事務所で、遺産相続・信託法を専門に活躍中。遺言書、委任状などのエステートプラニングや遺産相続の手続きに関する相談などを取り扱う。

著者への連絡は、下記まで。
電話:905-273-3022 (内線: 258)
または、 E-mail : zsmith@pallettvalo.com



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(2016年11月17日号)



 
 


 
 
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