「知っておきたい相続法の基礎知識(オンタリオ州編)」(その27、最終回)
安心して生きるためのエステートプラニング


〈オンタリオ州弁護士・スミス希美(のぞみ)〉

 2年余にわたりお届けしたこの相続法コラムも、いよいよ最終回を迎えました。私は普段からカナダという国の相続法についてお話しする際、「死」と直結して考えがちな「相続」という枠組みではなく、安心して生きるための策を講じる、「エステートプラニング」という、より積極的で長期的な視点を持って、ご自身の財産やご家族のことを考えていただくようにしています。最終回となる今回のコラムでは、もう一度エステートプラニングの重要性についておさらいしてみましょう。




あなたの声を届けるために
 エステートプラニングには、二つの側面があります。ひとつは、病気や事故などの生前の「もしも」への準備、もうひとつは、自分の死後の財産承継のための準備です。この二つの側面に共通していること。それはいずれも、自分が自分の意思を直接伝えることができない状況にあるということです。

 今、元気なあなたは、ご自分の希望を周りに伝えることができます。しかし、突然の事故で、意思不能になってしまったら、自分の医療についての希望を主治医に伝えたり、自分が納める税金について、政府機関へ問い合わせることもできません。そして、あなたが他界すると、残されたご家族を守るために、お金を届けてほしい、と声にすることもできません。

 財産管理のための継続委任状(Continuing Power of Attorney for Property)、身体の世話のための委任状 (Power of Attorney for Personal Care)、そして遺言書(Will)では、あなたの声を代弁する人を委任状代理人(Attorney)や、遺言執行人(Executor)として指名することができます。そして、あなたの声の代弁者を法律文書で指名することで、銀行や政府機関などの第三者機関は、あなたの信頼する代弁者をあなたと同じように対応してくれます。




あなたの希望を確実にかなえるために
 あなたの声の代弁者の重要な仕事。それは、あなたの希望をできる限りかなえることです。もしも、特定の財産行為や、医療行為について、特別な希望があれば、委任状の中で、代理人に明確に指示する必要があります。

 死後の財産については、誰にどのように遺(のこ)したいという希望を遺言書の中で指示しなければなりません。特に、遺言書は、自分の希望を遺言書として残さなければ、法定相続法が適用され、自分の希望に反した遺産分配を招くことになりかねません。残された家族を守りたい、チャリティーに寄付して特定の社会活動や文化活動を支援したいなど、自分の希望を遺言執行人へしっかり指示するのが、遺言書の役割です。




安心して生きるために
 遺言書や委任状をきちんと用意すると、「これで安心して生きていけるような気がする」という安堵(あんど)感を持たれる方が多いように思います。逆に、遺言書や委任状の準備に気が乗らない理由として、「死に近づくような気がする」、「縁起が悪い」などがジレンマになるようです。

 しかし、ご自分が元気なうちに、家族のこと、お金のこと、健康のことをしっかり考えることができる間にしか、遺言書や委任状を作ることができません。特に、生前の「もしも」の場面で使われる委任状は、一生使わずに済むかもしれません。

 遺言書や委任状があるとないとでは、その結果は、雲泥の差です。残されたご家族の精神的・経済的な負担を考えると、エステートプラニングを行うことは、安心して生きる支えとなるのではないでしょうか。




自分のことは自分にしか分からない
 委任状と遺言書を作成する過程で、ご自身のご家族関係や財産情報をまとめる作業が必要になります。このような作業によって、自分が何をどこに持っているか、自分にとって何が大切かなど、自分の現況を知ることができます。

 もし、遺言書を残さずに亡くなり、特に自分のことをよく知る人がいない場合、亡くなった方の所持品や書類に目を通し、財産やご家族を特定するのは簡単な仕事ではありません。特に、カナダに住む日本人の場合、資産が日本にも残されていたり、ご家族や相続人が日本にいたりなど、言葉、文化、法律、税制の壁があり、相続が複雑化することも避けられません。エステートプラニングは、ご自分のことについてまとめる良い機会になります。




専門家の役割
 相続の問題は、人のさまざまな権利関係が集約されるため、相続法に限らず、不動産法、家族法、会社法、税法、信託法など、多くの分野の法律が錯綜(さくそう)する分野でもあります。紛争予防や相続の円滑化の観点から、専門家のアドバイスをうまく取り入れ、ご自身の希望を実現できるよう、エステートプラニングに取り組んでください。




終わりに
 相続法は、生活に密着した法律であるがゆえに、知らないと困るということがよくあります。このコラムが、カナダ生活の基礎知識として、お役に立てることができれば幸いです。これまでご愛読いただきありがとうございました。そして「e-Nikka」の色本信夫編集長、および編集班の皆様には、長年にわたるカナダ日系社会への多大なる貢献とご尽力に、心よりお礼申し上げます。

【おことわり】
このコラムを通して提供した情報は、一般的及び教育的な目的として提供された情報であり、著者及びパレット・ヴァロ法律事務所による読者個人への法的意見又は見解を示すものではありません。特定の事実関係につき法的助言を含む専門的助言を必要とする方は、ご自身の弁護士・会計士等の専門家へ直接ご相談ください。また、カナダの遺産相続に関する法律は州によって異なりますので、当コラムで提供する情報はオンタリオ州の法律に限られていることをご了承ください。


▲スミス希美(のぞみ)弁護士
【著者略歴】
スミス希美(のぞみ):福岡県出身。中央大学法学部を卒業後、トロント大学ロースクールに留学し、ジュリス・ドクター及び法学修士号を取得。その後、2010年にオンタリオ州の弁護士資格を得る。現在、ミシサウガ市の Pallett Valo LLP 法律事務所で、遺産相続・信託法を専門に活躍中。遺言書、委任状などのエステートプラニングや遺産相続の手続きに関する相談などを取り扱う。
著者への連絡は、下記まで。
電話:905-273-3022 (内線: 258)
または、 Email : zsmith@pallettvalo.com


【編集部より】「知っておきたい相続法の基礎知識」シリーズ、「第1回 なぜ遺言書が必要か?」から「 第26回 遺産の遺(のこ)し方を考える〜遺言信託の活用」までの記事は、アーカイブの「相続法の基礎知識」をご覧ください。トップページ「今週のトピックス・目次」の下の「過去のトピックスはアーカイブをご覧ください」をクリックすると見られます。

(2016年12月15日号)



 



 
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