浜離宮庭園は都会のオアシス
徳川将軍家の鴨場や御茶屋をゆったり散策


 カナダから日本を訪れ、その帰りに羽田(東京)国際空港から飛行機に乗る場合、浜松町から東京モノレールを利用する人は多いだろう。時々、飛行機の出発時刻の関係で、時間を持て余すことがある。そんな時、浜松町駅付近で、どこか、徒歩で散策できるところはないかなと考えてしまう。

   江戸時代の歴史に興味ある人だったら、増上寺とか、あるいは浜離宮(はまりきゅう)庭園が近くにあるので、おすすめです。


▲増上寺

 増上寺は、浜松町駅から大門通りを東京タワーが見える方向に歩くとすぐお寺の山門に着く。山門をくぐって境内に入ると、本堂や徳川将軍がまつられている徳川家霊廟などが見学できる。徳川霊廟には、二代将軍秀忠と正室の崇源院(お江=淀殿〈茶々〉の妹)などの宝塔が建っているので興味がひかれる。

 時間があれば、もう一つの観光スポット、浜離宮庭園のほうにも行ってみたい。浜松町のモノレール駅のビルのロッカーに荷物を置いて、身軽になって、ビルの目の前の都営大江戸線、大門(だいもん)駅から地下鉄に乗る。次の駅、汐留(しおどめ)で下車、徒歩10分くらいで浜離宮庭園に着く。


▲浜離宮庭園(航空写真=Google より)

 浜離宮は、正式には「浜離宮恩賜庭園」と呼ばれる。海水を引き入れた潮入の池と、新銭座鴨場(しんせんざかもば)と庚申堂鴨場(こうしんどうかもば)という二つの鴨場(かもば)があり、江戸時代には江戸城の「出城」としての機能を果たしていた徳川将軍家の庭園である。

 承応3年(1654年)、徳川将軍家の鷹狩場に海を埋め立てて屋敷を建てた。その後、家宣が六代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり、「浜御殿」と呼ばれるようになった。以来、歴代将軍によって幾度かの造園と改修工事が行われ、十一代将軍家斉の時代に現在の姿の庭園が完成した。

 明治維新ののちは、皇室の離宮となり、名称を「浜離宮」と変える。関東大震災や戦災によって、御茶屋など数々の建造物や樹木が損傷し、往時の面影はなくなったが、終戦後の昭和20年(1945年)11月3日、東京都に下賜され、整備したあと、昭和21年4月から「浜離宮恩賜庭園」として公開された。その後、昭和27年(1952年)11月22日に「旧浜離宮庭園」(文化財指定名称)として国の特別名勝および特別史跡に指定された。


▲美しい日本庭園

 庭園の出入り口は「中の御門」と「大手門」の二つがあるが、中の御門から入った。入園料は、一般$300、65歳以上$150、小学生以下および都内在住・在学の中学生は無料。

 一歩、庭園内にはいると、そこは緑に囲まれた自然の世界。春にはソメイヨシノの桜並木がきれいだということだが、11月だったので、見られなかった。でも、静かで、外の大都会の喧騒が夢のようだ。


▲鴨場の小覗(このぞき)小屋。小屋の向こう側に鴨場の池がある

▲小覗の小屋。覗き窓ごしに鴨が来るのを待ち受ける ▲小覗の小屋の覗き窓から池を見る


 林の小道をたどって行くと、新銭座鴨場に出る。鴨場の池には幾筋かの引堀(細い堀)が設けてある。将軍たちは小覗(このぞき)の窓から鴨の様子をうかがいながら、ヒエやアワなどのエサと、おとりのアヒルで引堀におびきよせ、機を見て小土手から鷹や網で捕るという猟を行っていた。
 こんな情景を想像しながら小覗の「窓」から池を眺める。なるほど、なかなか興味深いハンティグ方法ではないか。

 将軍や大名たちが乗馬を楽しんだという馬場の跡地(200メートルほどあろうか、一直線の乗馬場)を横切って、潮入の池に・・・。この池は、海水を引き入れ、潮の干満によって池の趣を変える様式をとっており、都内にある江戸の庭園では、唯一、現存する海水の池となっている。

 東京湾の水位の干満に従って水門を開閉し、池の水の出入りを調整する。ボラをはじめ、セイゴ、ハゼ、ウナギ、カニなど海水魚が生息、秋・冬には多くの鴨類やユリカモメなどが飛来するというユニークな池である。
 「一年中、野鳥が生息し、水面に鳥が飛ぶ。都心のオアシスの風情があふれている」と称賛している人がいたが、うなずける。


▲富士見山から潮入の池を見下ろす

 池に沿って左回りに行くと、小高い丘「富士見山」。ここに登って、池全体を眺める。中島の御茶屋、対岸の緑の木々の間に建つお屋敷などが一望のもとに見渡せる。ラッキーなことに天気も上々で、「絶景なるかな〜」。ただ、遠景に高層ビルがニョキニョキ建っているのが、つや消しで残念だ。その昔は、この丘の名前の通り、富士山が見られたそうだが、それを、今、期待するのは無理か。


▲中島の御茶屋に渡るお伝い橋

 富士見山を下り、池の「お伝い橋」を渡って、中島の御茶屋に向かう。お伝い橋は潮入の池を横切る全長118メートルの総檜(ひのき)造りの橋で、平成24年(2012年)に改修された。


▲お伝い橋を渡って中島の御茶屋へ


▲中島の御茶屋

 御茶屋は宝永4年(1707年)に造られて以来、将軍をはじめ奥方、公家たちが庭園の見飽きぬ眺望を堪能した休憩所。現在の建物は、昭和58年(1983年)に再建された。ここでは、和菓子と抹茶のセット(720円)を楽しむことができる。江戸時代の人たちもここで、和歌を詠んだり、一日平均約10時間も滞在していたというほど、くつろいでいた憩いの場であった。


▲幻想的? お伝い橋と「小の字島」


▲将軍お上がり場

 中島からさらにお伝い橋を渡り、きれいな藤棚を設けた小島「小の字島」を通過して、対岸に行くと、燕の御茶屋、松の御茶屋が往時をしのばせる。

 もう一つの鴨場、庚申堂鴨場のほとりを歩きながら、東京湾側に沿った散歩道に出る。海水を取り入れる横堀水門を見学して、「将軍お上がり場」へ。江戸時代、将軍が船に乗降した所だが、昭和24年(1949年)のキティー台風で階段の一部が崩れて海中に沈んだ。
 ここにある小高い丘「新樋の口山」(しんひのくちやま)からはレインボーブリッジやお台場など臨海副都心を眺めることができる。


▲遠くにレインボーブリッジが見える

 水上バス発着場は、けっこう船客でにぎわっている。それもそのはず、ここと浅草、両国、お台場海浜公園、葛西臨海公園などが結ばれていて、水上ルートで浜離宮庭園を訪れる人が多いのだ。水上バス利用者は、隅田川に架かる個性豊かな橋を見物できるという楽しみがある。


▲旧稲生(いなぶ)神社で結婚式の記念撮影をするカップル

 さて、内堀広場にあるお花畑やボタン園では、季節によって花々が咲き誇る。最後は、「三百年の松」をじっくり鑑賞。この松は今から約300年前、六代将軍家宣が庭園を大改修したとき、その偉業をたたえて植えられたという、都内で最大の見応えのある黒松だ。太い枝が低く張り出し、今なお堂々たる姿を誇っている。

 そこから、大手門の出入り口を出て、地下鉄汐留駅まで歩く。浜松町のモノレール駅から羽田に行って、無事、トロント行きのエアカナダ機に搭乗。浜離宮庭園の散策は、わずか2時間余りだったが、訪日最終日の良き思い出となった。

〈取材・2016年11月3日 色本信夫〉

(2016年12月22日号)



 
 


 
 
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